つれづれなるままにWINGSFAN
Tribute Vlog for Paul McCartney & Wings
06 | 2017/07 | 08
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イベント
7/25 20:00~21:30 星加ルミ子 トークショー&サイン会
7/28 19:00~20:30 トーク&サイン会 藤本国彦氏と読むビートルズ
8/5 14:00~15:00 ボブ・グルーエン トークショー
8/5 15:00~16:00 ボブ・グルーエン サイン会
8/6まで 10:00~21:00 ボブ・グルーエンと100人のロックレジェンド展 cor porate with FUJI ROCK FESTIVAL
8/6まで 11:00~23:00 ザ・ビートルズ特設コーナー2017
8/20 19:00 サージェント・ペパーズ発売50周年記念トーク・イベント (6) メンバーを取り巻く世界
9/17まで ジュリアン・レノン写真展 Cycle 東京
9/17まで ジュリアン・レノン写真展 Cycle –Life Cycle– 東京
9/17まで ジュリアン・レノン写真展 Cycle –River Life– 京都

LIVE
7/25 ポール・マッカートニー 米国 ティンリーパーク Hollywood Casino Amphitheatre
7/26 ポール・マッカートニー 米国 ティンリーパーク Hollywood Casino Amphitheatre
7/30 ダニー・ハリスン 米国 ニューヨーク Panorama Music Festival
9/11~10/2 ポール・マッカートニー 米国
10/13~20 ポール・マッカートニー ブラジル
10/24 ポール・マッカートニー コロンビア
10/28 ポール・マッカートニー メキシコ
12/2~11 ポール・マッカートニー オーストラリア
12/16 ポール・マッカートニー ニュージーランド

TV , ラジオ
7/31 14:30~16:30 ザ・ビートルズ ~ EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years WOWOWシネマ
8/4 12:00~14:00 ザ・ビートルズ ~ EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years WOWOWシネマ
8/13 6:00~8:00 ザ・ビートルズ ~ EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years WOWOWライブ
8/20 12:35~14:35 ザ・ビートルズ ~ EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years WOWOWシネマ

CD
8/2 ヨーコ・オノ フライ
8/2 ヨーコ・オノ 無限の大宇宙
8/2 ヨーコ・オノ 空間の感触
8/4 ビートルズ ハリウッド・ボウル 1964
9/15 リンゴ・スター ギヴ・モア・ラヴ
10/6 ダニー・ハリスン IN///PARALLEL US盤
後半? ヨーコ・オノ ストーリー , シーズン・オブ・グラス , イッツ・オールライト , スターピース , 未完成作品第3番 ウェディング・アルバム
後半? ポール・マッカートニー 全カタログ再発

BD , DVD
8/4 It Was Fifty Years Ago Today! The Beatles: Sgt. Pepper Beyond
8/23 サウンドブレイキング / ジョージ・マーティン 他
10/3 パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊 海外盤

映画
8/5 俺たちポップスター (リンゴ・スター出演)
年内? ポール・マッカートニー High In The Clouds
年内? A Life In The Day

アナログ盤
8/9 ヨーコ・オノ フライ
8/9 ヨーコ・オノ 無限の大宇宙
8/9 ヨーコ・オノ 空間の感触
9/22 リンゴ・スター Give More Love
後半? ヨーコ・オノ ストーリー , シーズン・オブ・グラス , イッツ・オールライト , スターピース , 未完成作品第3番 ウェディング・アルバム
後半? ポール・マッカートニー 全カタログ再発

グッズ , ゲーム
8/18 ビートルズ ジャケットコースターセット
9/30 ビートルズ コラボTシャツ

本 , 雑誌 , ムック
9/8 ビートルズはどこから来たのか 大西洋を軸に考える20世紀ロック文化史
9/21 絵本「Imagine」(仮)
2018年 The Beatles: Yellow Submarine


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ポール・マッカートニー&ウイングス
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情報などを毎日掲載しています。 

wingsfan@wingsfan.net


ジョン・レノン殺害犯に宛てたサイン入りアルバムが売却へ
Double Fantasy

ジョン・レノンが自らの殺害犯であるマーク・チャップマンに宛てたサイン入りアルバムが180万ドル(約2億円)の値をつけるとみられている。このアルバム「ダブル・ファンタジー」は1980年12月にジョンが米ニューヨークのマンハッタンにある自宅前で熱狂的なファンのチャップマンによって殺害されるわずか数時間前にサインされたもの。チャップマンはそのアルバムをジョンの自宅であるダコタ・ハウスの入り口にある大きな植木に保管し、ジョンとオノ・ヨーコの帰宅時に銃撃した。ジョンが建物内に入るところをチャップマンは背後から4度撃ったことでジョンは命を落とし、そのアルバムは翌年に地区検事からの感謝状と共に発見者の一般市民の元へと返却されていた。そのアルバムジャケットには科学捜査のために浮き出されたチャップマンの指紋が現在も残っているそうで、さらに希少価値が高くなっているという。このアルバムは1999年にプライベートのコレクターに販売されていたものの、現在の所有者はこのアイテムが「ゾッとする」ものだとして売却することに決めたようだ。このアルバムを販売する米ディーラーのモーメンツ・イン・タイムのゲイリー・ジメット社長は「ジョン・レノンを銃撃するためにマーク・チャップマンはこのアルバムをどこかに隠す必要があり、マンションの入り口の両脇に置かれていた大きなプランターの1つに隠したのです。事件のあった夜に通行人がプランターにあるそのアルバムを発見し、警察に届けました。警察がそれを証拠品として使用した1年後、地区検事からの感謝状と共に発見者の男性の元へと返却されました。ビートルズファンのその男性はベッドの下に18年間保管した後、売却を決めました。そして、現在の所有者もまた今回権利を手放して売却することにしたのです。このアイテムは少し恐ろしいものではあるものの、ロック界における最も重要なアーチファクトと言えるほどの品です」と説明している。

Thanks! BANG Media International


関連Blog
7/18のBlog ジョン・レノンがマーク・チャップマンのためにサインしたレコードが競売に


ジョン・レノンがマーク・チャップマンのためにサインしたレコードが競売に
Double Fantasy

ジョン・レノンが自らを殺害することになる男のためにサインしたレコードが米国で競売にかけられることになった。レコードはジョン・レノンとオノ・ヨーコが製作したアルバム「ダブル・ファンタジー」で、レノンを殺害したマーク・チャップマンが持っていたもの。1980年12月8日、チャップマンはマンハッタンのレノンの自宅があるアパートの近くで彼を待ち受け、レノンにレコードにサインしてくれるよう頼んだ。その5時間後、チャップマンはレノンを射殺した。犯人の指紋の付いたそのレコードは逮捕時にチャップマンのジャンパーから落ち、重要な証拠の一つとなった。その後このレコードの所有者は何回か変わった。今回競売の主催者は、このレコードに最低でも150万ドルの値がつくと期待している。

Thanks! スプートニク日本

ジョン・レノン愛用のロールス・ロイス・ファントムVが7月末に英国で展示
John Lennon

労働階級の街リバプールで生まれ育ち、初の公認の伝記で「エキセントリックな大金持ちにずっとなりたかった」と語っていたジョン・レノンにとって、長年愛用していた特注のロールス・ロイス・ファントムVはその象徴だったのかもしれない。1964年にこの高級車を注文した時、ジョンは既に世界的なスーパースターだった。彼は運転免許を持っていなかったが、ファントムは運転手が運転する仕様だったので問題はなかった。この頃のボディーカラーは伝統的なリムジンのような漆黒で、巨大な後部座席にはレコードと8トラック・プレーヤー、無線電話、冷蔵庫を完備。1965年にビートルズがMBE(大英勲章第5位)を受け取りにバッキンガム宮殿を訪れた際に乗って行ったのもこの車だった。1966年に戦争コメディー映画「ジョン・レノンの僕の戦争」の撮影中に少しダメージを受けたファントムを修理に出したジョンは、今度は車内にテレビをつけたり、後部座席がベッドにもなるよう改造させた。そして外見にも大幅に手を加えたカスタマイズの全貌が明らかになったのは翌年の1967年、アルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が発売される少し前だった。黄色のベースに、ロマニー・ジプシーのキャラバンや占星術の十二宮図にインスパイアされたカラフルな花と模様がデザインされたその姿は、過激で画期的なアルバムだった「サージェント・ペパーズ~」のサイケデリックなジャケットと合わせたかのようで、現在も見ることができる。1969年にジョンは再びこの車に乗ってバッキンガム宮殿を訪れたが、以前授与されたMBEをエリザベス女王に返却するためで、英国のナイジェリア内戦への軍事介入やベトナム戦争の米国への支援に抗議してのことだった。アルバム「サージェント・ペパーズ~」発売50周年の今年7月末、英ロンドンでこのジョンの車が展示される。ファントムVIIIの発表を記念し、ロールス・ロイスとオークション・ハウスのボンハムズがコーディネートする自動車デザイン・エキジビジョン「The Great Eight Phantoms」が開催される予定で、1920年代から続いているファントム・シリーズの一例としてラインナップに加わることになっている。この展示会ではフレッド・アステアが所有していた1927年型ファントムIも展示される。

Thanks! Billboard Japan

J-WAVE、リンゴ・スター呼びかけの PEACE & LOVE イベントの盛り上げ役に!
Ringo Starr

リンゴ・スター『ピース&ラブ・サリュート(平和と愛のイベント)』2017年7月7日(金)六本木ヒルズアリーナにて開催!

日本初開催!元ビートルズのメンバー、リンゴ・スターが呼びかえる平和と愛を願うイベント『ピース&ラブ・サリュート(平和と愛のイベント)』に、J-WAVEが参加! ラジオ局J-WAVE(81.3FM)ではリンゴ・スターが彼の誕生日である7月7日金曜日の正午に、平和と愛を願うイベント『ピース&ラブ・サリュート(平和と愛のイベント)』にJ-WAVEが唯一、メディア協力を要請されて、このイベントを盛り上げることになりました。このイベントは、リンゴ・スターが提唱し、世界中のどこにいても、何をやっていても7月7日の正午には「ピース&ラブ」と口に出して言ってみよう!というものです。リンゴ・スター自身が「自分の誕生日を少しでも平和に役立てられないか」と温めていたもので、コンサートやインタビューなどで本人は幾度となく「ピース&ラブ」を唱えてきました。2008年にシカゴの路上で突発的に始まり、
2014年からはハリウッドのキャピトル・レコード本社の前で大々的に行われており、昨年のイベントではイーグルスのギタリスト、ジョー・ウォルシュや映画監督のデビッド・リンチら多くのゲストもイベントに参加しました。そして、
毎年7月7日の正午に米カリフォルニア州ロサンゼルスで行っているイベントが、今回初めてアメリカ以外の国でも開催を直接呼びかけられ、ニュージーランドを皮切りに、日本(六本木ヒルズ・アリーナ)からハワイまでぐるっと地球を一周して開催されることになりました。

イベント内容はいたってシンプルで、六本木ヒルズ・アリーナに集まってもらい、リンゴ・スターのビデオメッセージのあと、正午に集まった皆さん全員で「ピース&ラブ」を合唱し、「平和と愛についてそれぞれ考えてもらう」というものです。この模様はザ・ビートルズ・クラブのFacebookページでライブ配信され、全世界にシェアされる予定です。当日のイベントの司会はJ-WAVEナビゲーターのハリー杉山が担当し、大いに盛り上げていきます。イベントの参加は無料です。またイベント終了後には、参加者にリンゴ・スターからこの日の日付が刻まれた記念の「ホワイト・ピース&ラブ ブレスレット(ホワイトバンド)」を無償で配布します。お時間がある方は是非ご参加ください。ここ日本で初開催される『リンゴ・スター ピース&ラブ・サリュート(平和と愛のイベント)』。注目のイベントとなっております。是非ご期待ください。

イベント概要
日時:7月7日(金) 11時30分頃~12時10分頃 (予定)
会場:六本木ヒルズ・アリーナ
MC:ハリー杉山(J-WAVE「POP OF THE WORLD≪毎週土曜 6:00~8:00≫」ナビゲーター)
参加費:無料(但し、定員になり次第入場を規制させて頂く場合がございます)
問い合わせ:ザ・ビートルズ・クラブ 03-5453-2700(平日10:00~18:00)

Thanks! J-WAVE

リンゴ・スターの誕生日に、皆んなで交そうピース&ラブ
Ringo Starr

リンゴ・スターの誕生日である7月7日、全世界に開催を呼びかけるイベント リンゴ・スター ピース&ラブ・サリュート (平和と愛のイベント) が、ここ日本でも開催される、7月7日(金)12:00、場所は六本木ヒルズアリーナ。このイベントはいたってシンプルで、7月7日正午に「ピース&ラブ」と声を掛け合い、平和と愛を考えようというもの。家族や友人はもちろん、見ず知らずの人でも挨拶の代わりに「ピース&ラブ」を交わそうじゃないか、というわけだ。リンゴが2008年から提唱しているイベントだが、2008年の誕生日に「何か欲しいものはあるか」と訊かれたリンゴが「(欲しいものは)さらなるピース&ラブ」と答えたことをきっかけに始まっている。リンゴ自身が参加するイベントは米ロサンゼルスで開催されるが、7月7日77歳となる2017年は世界規模で展開したいと願い、世界各国の7月7日12:00(現地時間)に皆で集まって「ピース&ラブ」と声を掛け合うこととなった。ニュージーランド、日本を皮切りに、南極点、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、米国と「ピース&ラブ」が地域を巡ってハワイで終わることになる。まさに「ピース&ラブ」の波が世界を一周するわけだ。リンゴは日本でのイベントの開催を「ザ・ビートルズ・クラブ」とそのメンバーが中心となって行うことを希望し、「ピース・アンド・ラブ・アンバサダー」として任命、日本ではファンクラブ主催でイベントは開催される。もちろんファンクラブ・メンバーでなくてもイベントに参加可能で、7月7日の昼に六本木ヒルズ内の「六本木ヒルズアリーナ」に集まり、正午を迎えるタイミングで特別に撮影されたリンゴのカウントダウン映像と共に「ピース&ラブ」と声を掛け合い「平和と愛」を願う。イベント終了後、参加者にはリンゴから贈られた開催日が刻まれたホワイト・ピース&ラブ・ブレスレット(ホワイト・バンド)が無償配布される。なお、会場に集まれない方々に対しては facebook 上でライブ配信を行う予定で、7月7日の正午に「ピース&ラブ」を考えたり、家族や友人などと「ピース&ラブ」と声を掛け合ったり、インターネット上で「ピース&ラブ」と投稿することでイベントへ参加することを呼びかけている状況だ。


リンゴ・スター ピース&ラブ・サリュート (平和と愛のイベント)
日時 7月7日(金) リンゴ・スターの77歳の誕生日
※11時30分頃から12時10分頃を予定。「ピース&ラブ」と声を掛け合うのは正午から
※開催時間の詳細はおって、ザ・ビートルズ・クラブのfacebookページやオフィシャル・サイトで告知
場所 六本木ヒルズ内「六本木ヒルズアリーナ」(東京・港区)
料金 入場無料:どなたでも参加可。チケットや事前登録は不要。ただし、定員になり次第入場を規制させて頂く場合がございます。
[問]ザ・ビートルズ・クラブ 03-5453-2700(平日10時~18時)
主催 ザ・ビートルズ・クラブ(リンゴ・スター ピース&ラブ・アンバサダー)
特別協力 六本木ヒルズ テレビ朝日 J-WAVE(81.3FM)

今年の主な開催都市
ジュバ(南スーダン)、南極点(南極大陸)、ブエノスアイレス(アルゼンチン)、リオデジャネイロ(ブラジル)、サンパウロ(ブラジル)、サンホセ(コスタリカ)、サンサルバドル(エルサルバドル)、ポルトープランス(ハイチ)、ビジャウリ(インド)、マスターソン(ニュージーランド)、パナマシティ(パナマ)、リマ(ペルー)、モスクワ(ロシア)、東京(日本)、ロンドン(イギリス)、リバプール(イギリス)、フェアフィード(米アイオワ州)、ラスベガス(米ネバダ州)、ロサンゼルス(米カリフォルニア州 リンゴ・スターが出演)

リンゴが参加した過去の「ピース&ラブ・サリュート」
2008年 シカゴ(米イリノイ州)
2009年 インターネット上で開催、世界の主要都市のハード・ロック・カフェで開催
2010年 ニューヨーク(米ニューヨーク州)
2011年 ハンブルク(ドイツ)
2012年 ナッシュビル(米テネシー州)
2013年 リンゴからのビデオメッセージでインターネット上で開催
2014年 ロサンゼルス(米カリフォルニア州)
2015年 ロサンゼルス(米カリフォルニア州)
2016年 ロサンゼルス(米カリフォルニア州)

Thanks! BARKS

ジョージ・ハリスンがリンゴ・スターに向けて書いた幻の楽曲が見つかる
George Harrison

ジョージ・ハリスンが遺したある未発表曲の歌詞が古いピアノ用長椅子の中から見つかった。ジョージ・ハリスンの未亡人であるオリヴィア・ハリスンは、二人が暮らしていたオックスフォードシャー州の家にある椅子の中に保管されていたノートのフォルダーの中から「Hey Ringo」という曲の歌詞を発見したという。i News によると、バンド・メンバーだったリンゴ・スターの刻むビートがなければ自身のギター・プレイは不完全なものになることを告白する内容の歌詞になっているという。次のような歌詞の一節も明らかになっている。

Hey Ringo, now I want you to know, that without you my guitar plays far too slow.
(やあ、リンゴ。君に知ってほしいんだ。君がいないと僕のギター・プレイはとんでもなく遅くなることをね)
I’ve heard no drummer who can play it quite like you.
(君のように完璧に演奏できるドラマーは聞いたことがないよ)

オリヴィア・ハリスンは、ジョージのピアノ用長椅子の中にフォルダーがあったんです。その中から「Hey Ringo」って書かれた歌詞を発見しました、たぶん1970年くらいに書かれた曲だと思います」と語っている。彼女はまた、家のカセットで彼が曲を録音していたと確信しているとも述べている。そのピアノ用長椅子は「(ビートルズのキーボーディストである)ビリー・プレストンがジョージと演奏する時によく飛び乗っていたスツール」だと彼女は説明している。オリヴィア・ハリスンは2月にジョージの74歳の誕生日を記念して行われた米ロサンゼルスのパーティーで、歌詞のコピーをリンゴ・スターに渡したという。オリヴィアは「彼はこの曲の存在を今まで知りませんでした。「これはどういうこと?」と言って、彼はとても驚いていました」と語っている。1980年に刊行されたジョージ・ハリスンの自伝「ジョージ・ハリスン自伝 – I・ME・MINE」の改訂増補版に、この曲の歌詞の複製が収録される予定となっている。この本には家族写真や、その他手書きの歌詞、未発表のインタヴュー原稿などが収録される予定となっている。自伝本に収録する素材を見つけることについてオリヴィア・ハリスンは「ジョージは作曲したら、ノートブックを机の引き出し、食器棚、キッチンの引き出しのどこかに残すようにしていました。そして、彼はたくさんのピアノ用長椅子を持っていました。彼はノートブックを置いたら、再びそのノートを手にすることはありませんでした。こうして曲が忘れられていったのかもしれません。この小さなタイムカプセルの数々に手を付けるのは気が進みませんでした。ある人の人生を他の場所には移したくないものです」と述べている。さらにオリヴィアはジョージ・ハリスンが「未完成の曲をたくさん」残しているが、「中には発表するにも及ばないような完成度のものもある」ことを明かしている。

Thanks! NME Japan

ダニー・ハリスン、初ソロ・アルバムを今秋リリース 7月に米国公演開催
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ジョージ・ハリスンの息子で、自身率いるバンド Thenewno2 での活躍でも知られるダニー・ハリスンがBMGとソロ契約を締結。初のソロ・アルバムを今秋リリース予定です。又、7月にはソロ・アーティストとして初めてのコンサートを米国で開催予定です。これまでダニーはThenewno2としてアルバム3作とEP2作をリリース、近年は「しあわせへのまわり道(原題:Learning to Drive)」「The Divide」「Good Girls Revolt」「Outsiders」など、映画やテレビ番組の作曲家としても活躍しています。ダニーがアルバムをリリースするのは Thenewno2 の2013年作「Beautiful Creatures」以来4年ぶり。米音楽業界誌 Billboard によると、初ソロ作は「ハリスンの新しい音楽は過去数年間にわたる作曲家としての影響を反響させ、映画的なサウンドスケープを描いている」とのこと。又、初のソロ公演は7月24日に米ロサンゼルスの The Echo club で行われ、7月30日には米ニューヨークの Panorama Music Festival に出演する予定です。

Thanks! Billboard and more

オノ・ヨーコ、米音楽出版社協会より「イマジン」の共作者として認められる
Sean Lennon , Yoko Ono , Patti & Jesse Smith - 2017.6.14 The National Music Publishers Association

14日(現地時間)、米音楽出版社協会 National Music Publishers Association がジョン・レノンの「イマジン」に Centennial Song Award (”世紀の曲”賞)を贈り、ヨーコ・オノを「共作者」として認めた。受賞の席にいたヨーコと息子のショーンは、これに驚喜し、ショーンはパティ・スミス親子と撮影した写真を Facebook に投稿し、この時の様子を伝えている。「僕の人生で最高に誇らしい日:The National Music Publishers Association が「イマジン」に centennial(世紀の曲)アワードをくれた。でも、待って! サプライズだ! 彼らは父が(大体)こう話すオーディオ・インタビューを流した。「イマジンはレノン/オノの曲としてクレジットされるべきだった。もし、自分の妻でなければ、僕は彼らの名をクレジットしていただろう”って言うのをね。省略:母の目は涙で溢れた。そして、パティとジェシー・スミスが「イマジン」を演奏した! 堪忍は身の玉だ! (追伸 そして彼らは「イマジン」はレノン/オノ・ソングだと正式に宣言した!)」。National Music Publishers Association は、ジョン・レノンが「あれはレノン/オノ・ソングとしてクレジットすべきだった。歌詞やコンセプトはヨーコからのものだった。でも当時、僕はもうちょっと自分勝手で、もうちょっとマッチョで、彼女の貢献について触れなかった」と話す英 BBC のインタビューを流し、同協会のイスラエライト会長は「1971年、物事は違っていたかもしれないが、私は今日、それらは変わったと言えることを嬉しく思う。今夜、記録を訂正し、ヨーコ・オノを NMPA Centennial Song の「イマジン」の共作者と認定、そして受けるに値するこのクレジットを彼女に提示することを、とても光栄に思う」と話した。「イマジン」のクレジットについては、1971年のリリース以来、現在まで共同プロデューサーとしてオノ・ヨーコとフィル・スペクターの名前がクレジットされているものの、ソングライターとしてはジョン・レノンの名前のみがクレジットされている。ヴァラエティ誌によると、まだ追認されていないが、協会はクレジットにヨーコ・オノの名を追加する手続きを取っているところだと伝えている。

Thanks! Ako Suzuki


関連Blog
6/15のBlog オノ・ヨーコ、ジョンの希望により「イマジン」のクレジットに名前が追加されることに


オノ・ヨーコ、ジョンの希望により「イマジン」のクレジットに名前が追加されることに
イマジン - ジョン・レノン

ジョン・レノンの楽曲「イマジン」の作詞・作曲のクレジットにオノ・ヨーコの名前が追加されることが発表された。先日、「イマジン」が1917年設立の全米音楽出版社協会 NMPA (National Music Publishers' Association)による「Centennial Song award」(”世紀の曲”賞)を受賞した際、NMPA の現 CEO であるデヴィッド・イスラエライトが1980年に撮影されたジョン・レノンの映像を流したという。映像の中でジョン・レノンは「イマジン」の制作に際してオノ・ヨーコがなくてはならない存在だったことを説明、クレジットにオノ・ヨーコの名前を載せるべきだと語っていたという。映像の後、デヴィッド・イスラエライトはジョン・レノンの希望どおり、「イマジン」のクレジットにオノ・ヨーコの名前を追加すると発表。1971年のリリースから46年、そして死後37年、ジョン・レノンの長年の希望が叶うこととなった。受賞直後のオノ・ヨーコの様子をショーン・レノンが自身の Facebook に投稿している。写真にはパティ・スミスも共に写っている。授賞式ではパティ・スミスと娘であるジェシー・スミスが「イマジン」を演奏したという。なお、オノ・ヨーコが「イマジン」の誕生に与えた影響に関してはポール・マッカトニーも、TV局アルジャジーラが2012年に行ったインタビューの中で「彼女無しには「平和を我等に」や「イマジン」は生まれなかったと思う」と発言していた。ヴァラエティ誌によると、オノ・ヨーコのクレジットへの追加に対しての正式な認可はまだ下りていないとのことだが、すでに認可に向けての手続きが始められているという。

Thanks! ロッキング・オン

ジョン・レノンがかつて住んでいたアパートで3人の遺体が発見
John Lennon's Former Liverpool Flat

ジョン・レノンがかつて住んでいた英リバプールのアパートで3人の遺体が発見された。昨晩、トクステス近くのフォークナー・ストリートにあるアパートの1階への通報があり、警察は現場で1人の女性と2人の子供の遺体を発見したという。30歳の男性が殺人の疑いで逮捕されたが、病気にかかったために病院に移されている。逮捕された男性は病院で安定した状態にあるという。マージーサイド警察は事件は家庭内で起こったものと見ており、他の人物は捜索していないと伝えられている。警察の報道官は現場で見つかった物質への捜査を行っていると語っており、死因を特定するための検視が行われる予定となっている。このアパートはかつてはビートルズのマネージャーだったブライアン・エプスタインが所有していたもので、ジョン・レノンは最初の妻のシンシアと共に1962年に結婚してすぐに、ここで暮らしている。この共同住宅はビートルズ・ファンにとって観光名所として名高い場所となっていた。ツアー・ガイドのジェイ・ライリーは「ジョンと彼の最初の妻であるシンシアはここで新婚生活を送り、ジョンはここで「Do You Want to Know a Secret?」を書きました。「Do You Want to Know a Secret?」を書いたのは、ここがブライアン・エプスタインにとっての秘密のアパートだったからなんです。ブライアン・エプスタインはゲイでしたが、1967年まではイングランドではゲイであることが違法でした。これが秘密のアパートと呼ばれた理由です」と語っている。

Thanks! NME Japan