つれづれなるままにWINGSFAN
Tribute Vlog for Paul McCartney & Wings
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ポール・マッカートニー&ウイングス
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ます。このブログは私が日常生活
の中で興味を持ったことやウイン
グスや WINGSFAN などに関する
情報などを毎日掲載しています。 

wingsfan@wingsfan.net


MUSIC LIFE ザ・ビートルズ ホワイト・アルバム・エディション 2月18日発売
↓加筆しました。

昨年発売されたホワイト・アルバム50周年記念盤、ポール・マッカートニー日本公演2018などを特集したムック MUSIC LIFE ザ・ビートルズ ホワイト・アルバム・エディション が2月18日に発売されます。これは楽しみ!

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MUSIC LIFE ザ・ビートルズ ホワイト・アルバム・エディション 2月18日発売

発売50周年「ホワイト・アルバム」(ニュー・エディション)徹底分析! 2018年11月にリリースされたビートルズ「ホワイト・アルバム」(ニュー・エディション)の徹底分析をメインに、同年秋に実現したポール・マッカートニーの来日公演など2018年~2019年にかけてのビートルズ関連情報を掲載! 恒例の「ゆく年くる年2018-19」「ザ・ビートルズ年鑑2018」他、ビートルズ情報が満載!

【主なコンテンツ】
グラビア
・ゆく年くる年2018-19
・リンゴ・スター日本公演
特集:『ホワイト・アルバム』50周年
・ニュー・エディション概要
・2018リミックスの聴きどころ
・イーシャー・デモを楽しむ
・ジェフ・エメリック インタヴュー
ポール・マッカートニー“フレッシュ・アップ・ツアー”
・カナダ公演
・日本公演
ザ・ビートルズ年鑑2018
・関連リリース
・年譜、関連情報、訃報

ページ 144ページ
サイズ 25.7 × 18.2 × 2 cm
ISBN  978-4401647415

Thanks! シンコーミュージック

ムック ビートルズ・ストーリー '75 1月31日発売
ビートルズ・メンバーの全活動を1年1冊にまとめたムック ビートルズ・ストーリー '75 が1月31日に発売されます。世界に向って大きく羽ばたいて行く ”1975年のウイングス”について原稿を書かせて頂きました。どうぞお楽しみに (^ ^)w

ビートルズ・ストーリー Vol. 13 '75

CDジャーナルムック新刊 ビートルズ・ストーリー '75 / 藤本国彦 1月31日発売
2019年以降も、3月のリンゴ・スターの来日公演や秋に控える『アビイ・ロード』50周年記念盤をはじめ、ビートルズ関連の話題は尽きません。世界的にも例を見ないソロ時代を1年ごとにまとめた本書も、シリーズ13冊目となります。ビートルズが法的に解散した75年も、ポール・マッカートニー率いるウイングスの幻の日本公演の当時の報道や写真家ボブ・グルーエンの独占新インタビューなど、記事は盛りだくさんです。どうぞご期待ください。

巻頭カラー ~ 貴重写真で楽しむビートルズ
特集 : 75年のビートル・アローン ~ ジョン、ポール、ジョージ、リンゴ
ビートルズ、法的に解散 (野咲良)
ジョン『ロックン・ロール』発売までの顛末 (和久井光司)
ウイングスは世界を目指す (梅市椎策)
ウイングス日本公演中止の余波 (大村亨)
ボブ・グルーエン最新インタビュー ~ ジョンとヨーコを語る (藤本国彦)
概論1975年のビートルズ (藤本国彦)
ビートルズ・ダイアリー 1975
ソロ・アルバム解説『ロックンロール』『ヴィーナス・アンド・マース』『ジョージ・ハリスン帝国』 (青木優・湯浅学ほか)
ソロ・シングル解説 (竹部吉晃・藤本国彦ほか)
ビートルズが教えてくれた (曾我泰久)
アップル・アーティスト : ビリー・プレストン (和久井光司)
ダーク・ホース・レーベル (和久井光司)
1975年のビートルズ・サウンド (川原伸司)
レア音源 (真鍋新一)
映像作品 (竹部吉晃)
歌の言葉 (朝日順子・奥田祐士・藤本国彦)
メモラビリア (大村亨・島乙平・山口茂)
パロジャケ
ブートレグ名盤
レコスケくん (本秀康)
僕とリアルタイムのビートルズ (牧野良幸)
ポールがジョージにジョンずにリンゴの絵を描いた (安田謙一・辻井タカヒロ)
ぼくは高校時代にビートルズを中古で買い集めた (大橋裕之)
写真家とビートルズ (井上ジェイ)
ビートルズ・サウンドを奏でた楽器 (大須賀芳宏)
名カヴァー&珍カヴァー (真鍋新一)
ビートルズとファッション (吉野由樹)
ビートルズと女たち (加藤正人)
ビートルズゆかりの地 (福岡耕造) 他

サイズ A5判
ページ 128ページ
定 価 1500円 (税込)
ISBN  9784909774033

ビートルズの法的解散やアップルの閉鎖、ウイングスの幻の日本公演、ジョンの主夫業開始、そしてボブ・グルーエンの最新インタビューと、今回も話題は豊富ですが、4人揃ってのソロ活動の終焉を見届けつつ、「75年本」で一旦このシリーズは終了することになりました。「一旦」と書いたのは「80年本」は残したいと思っているからですが、まずは流れに沿って、区切りのいいところで終わり、とさせていただきました。表紙は、すみませんウイングスじゃなくてこれにしました。ご愛読のほど、よろしくお願いします。 (藤本国彦)

Thanks! 音楽出版社


関連Blog
1/3のBlog ムック ビートルズ・ストーリー '75 1月31日発売


本 ビートルズと過ごした日々: デレク・テイラー自伝 2月23日発売
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ビートルズと過ごした日々: デレク・テイラー自伝 / デレク・テイラー 2月23日発売
知られざる、「5人目のビートルズ」による証言。ツアーで訪れた地で、飛行機のタラップで目にした光景、ジョン・レノンの逮捕劇、アップルレコードの発足前夜、バンド末期のレコーディング風景、そして解散...新聞記者からビートルズの宣伝部に抜擢され、バンドの片腕となり、世界に広まった「ビートルズマジック」を下支えした「5人目のビートルズ」が綴る、バンドと共に過ごした日々とその舞台裏。「ビートルズも人間だった」(青年書館 1975年)の新版。

ページ 304ページ
ISBN  978-4791771387

Thanks! 青土社

本 ルーフトップ・コンサートのビートルズ 世界を驚かせた屋上ライブの全貌 1月30日発売
ルーフトップ・コンサートのビートルズ 世界を驚かせた屋上ライブの全貌

ルーフトップ・コンサートのビートルズ 世界を驚かせた屋上ライブの全貌 / トニー・バレル 1月30日発売
50周年を迎える“ルーフトップ・コンサート”だけに焦点をあてた初の書籍。1969年1月30日に行われたゲリラライブ、かつ、ビートルズのラストライブとして知られる“ルーフトップ・コンサート”の舞台裏。ゲット・バック・セッションのクライマックスに行われた歴史的イベントまでのメンバーたちの様子と、渦中にいた人々の証言によるドキュメンタリー。ビートルズの再生とバンド内の人間関係を描きながら、なぜルーフトップ・コンサートが行われたのか、なぜあのような形になったのかを解き明かす。

痛々しい沈黙。その時突然、バンドリーダーとしてのジョン・レノンが蘇った。「クソったれ、やってやろうじゃねぇか!」と叫んだジョンに度肝を抜かれ、ジョージもリンゴも口をつぐんだ。数分のうちに4人は一列になって螺旋階段を上がり、観衆の前で演奏する最後のコンサートに臨んだ。 ―本文より―

1969年1月の寒さ厳しいある日の昼時、英ロンドン、サヴィル・ロウ界隈にエレクトリック・ギターの音が鳴り響いた。通りや建物に人々が集まり、何が起こったか確かめようと、屋根やポストによじのぼる者もいた。彼らは昼食を忘れて音楽に聴き入った。最後のライブから2年半余り。ビートルズは新曲「ゲット・バック」、「ドント・レット・ミー・ダウン」など数曲を屋上から響き渡らせ、仕立て職人たちの上品な耳をざわつかせた。

ページ 232ページ
サイズ A5判
製 本 並製
価 格 2200円 (税別)
ISBN  978-4866470894

トニー・バレル
人生の大半をミュージシャンへのインタビューと数々のビッグ・イベントについての執筆に費やしてきた音楽ライター。1969年、ビートルズが屋上で演奏したと聞き、当時小学生だったため見に行けなかったことをひどく悔やんだ。その日以来ルーフトップ・コンサートに魅せられ続けている。

葛葉哲哉
1956年生まれ。花園大学文学部仏教学科を卒業後、小学校勤務。2013年退職。ビートルズとの出会いは1969年の13歳の時。1972年に英国バンド、フリーを聴いて以来ブリティッシュ・ロックをこよなく愛している。1998年にはポール・コゾフ(g)の墓を訪れた。共著に「学級担任のための活動アイデア集5・6年生用」(三省堂)、翻訳書に「フリー・ザ・コンプリート」(DU BOOKS)がある。

Thanks! DU BOOKS

ポール・マッカートニー、ぶっちゃける 後編
Paul McCartney

ポール・マッカートニーには、まだ誰も聞いたことのない面白い話がたくさんある。英版 GQ が新たなポールの一面を発掘するインタビューをおこなった。後編をお届けする。

ジョン・レノンとビートルズ
「60年代にロンドンでLSDをやってトンでたときに、世界の真実が見えちゃったことがあったんだ。一番すごかったのは、螺旋がずーっとあって。その螺旋の上を、いろんな色の宝石みたいなのがいっぱいのぼっていくわけ。すごくキレイだった。で、それからしばらくして、DNAの螺旋が発見されたんだよ」。最近、ポール・マッカートニーは経験者の友人からマイクロドージングをすすめられた。彼はマイクロドージング否定論者ではないが、「孫までいるようなトシになって、いまさらそういうのはもういい」と思ったという。「すすめられた時は、60年代の頃のプレッシャーの感じが蘇ってきたよ」。ビートルズの中で彼はオクテの良い子タイプだとみられていた。現実にも、LSDに手を出したのは4人の中で最後だった。「やったら最後、戻ってこれないと聞いてたし、病院送りになるのはゴメンだった。僕はすごく現実的なタチで、それに関しては父親の影響が大きいね。彼はすごく分別あるタイプで、息子も分別重視の方向で育てたから」。

─ でも、結局のところドラッグには手を出したわけで、やってみて、どうでしたか。戻ってこれなかった?

ポール : んー...そうだね。でも、やる前に想像したほど悪くはなかったな。おかげで見えたこともあったし。

─ では、やって良かったと?

ポール : んー...そうだね。もっとサッサと覚めてくれたらいいのにと思ったりはしてたけど。

─ ジョン・レノンとのパーソナリティの違いとしてそのへんのことがあると、以前どこかで...

ポール : たしかに言ったね。何事につけ、常に僕のほうが注意深かった。やはり、父親の影響が大きいと思う。でジョンはというと、母子家庭で育った。お父さんはどっかへいっちゃっていたし、叔父さんもいなかった。いっしょに暮らそうとしたけど、死んじゃった。ジョンは、自分は鬼子なんじゃないかと思うっていってたよ。

─ 自分が受けようとしていた穿頭手術をあなたもやるようにジョンがいってきたというのは、本当ですか?

ポール : 皆さんご存じのとおりジョンはぶっ飛んだやつだったし、60年代はそんな時代だったんだよ。頭蓋骨にちょっと穴を開けて、プレッシャーを抜いてやる。なるほど良さそうだ。「オーケイ。じゃあジョン、どんな感じになるか、まずは君がやってみてくれ」って僕は。

─ 2人して穿頭手術を受けようとか、彼は本気で?

ポール : どうかな。違うと思う。それに、僕がノーといったら、それはほんとにノーってことだから。そんなことがわからないジョンではなかったし、だから僕としても、「この大馬鹿野郎!!」とまでいう必要はなかったんだ。

─ では、ビートルズ末期のミーティングで彼が自分のことをイエス・キリストだといったというのは...

ポール : 覚えてない。でも「サージェント・ペパーズ」の時、ジャケットにキリストとヒトラーを出そうとしたのは覚えてる。結局、笑い話で終わったけど。たしかにヒトラーも有名人ではあるけど、ヒーローではない。ジョンのヒーローといったらそれはウィンストン・チャーチルだったから、ヒトラーの件はやっぱりたんなる悪ふざけの提案だったと思う。そういうことをする奴だから。

いつものインタビューとは違ったカタチでポールに自身の過去を振り返ってもらうという狙いのとおりになったこともあったし、ならなかったこともあった。場合によっては、その場で話題にもなっていない件に彼が怒りの反撃を試みてきたりもした。例えば...

ポール : ビートルズが崩壊したとき悲しかったのは、ビジネスのことを考えたら僕がビートルズに対して訴訟を起こすしかなかったことだね。そして結局僕が悪者になった。ジョンがビートルズよりもヨーコをとって去っていったから解散になったのに。まわりからさんざん悪者扱いされたから、当の僕自身、ことによるとほんとにそうなのかもと思いかけたよ。訴訟の件で最悪だったのはそれ。

でも、そうかと思うと、ビートルズ結成前の、衝撃的なまでにヴィヴィッドで生気あふれる話が聞けたりもした。

ポール : あのときは、ジョンの家にいたんだ。僕らだけで。酒飲んでパーティとかではなくて、1人ずつ椅子に座っていた。電灯を消して、誰かがマスターベーションを始めた。続いて、他の全員も」。いたのは5人ぐらい。マッカートニーとレノンと、レノンの友人が3人とか。各々が任務遂行に励むなか、誰かが叫んだ。「「ブリジット・バルドー!」「ウォー!」とか、そんなの」とマッカートニー。「想像をたくましくして、全員さらに励んだわけ」。そのとき、別の1人がムードを台無しにしてやろうと企んだ。それが誰かは、ご想像のとおり。「ジョンが「ウィンストン・チャーチル!」とかって(笑)

─ そういう儀式は、当時よくやっていたんですか?

ポール : いや、1回きり。あるいは2回きりとか。いまにして思えばバカなことをやったものだけど、でも罪のない遊びだよね。少なくとも、誰をも傷つけなかったし。ブリジット・バルドーを含めてね。

カニエ・ウェストとの楽曲制作と今
2014年のこと、2008年に知り合ったカニエ・ウェストからメッセージが来た。一緒に曲作りをやりませんかと誘われてマッカートニーはイエスと答えた。L.A.のビバリー・ヒルズ・ホテルの裏手にあるバンガローで2回か3回にわたっておこなわれた曲作りのセッションは、マッカートニー的には少々困惑ものだった。長々としたトークの合間に思いだしたように彼はアコースティック・ギターやピアノを弾き、それをエンジニアが録音していた。カニエ自身も iPhone で。「僕がよく知ってる曲作りとは、だいぶ様子が違ったね。ちゃんと演奏するとき用にベースを持っていったけど、使わなかったし」。それがカニエ流だった。件のセッションで彼らは曲そのものを作ってはいなかった。そうではなく、「素材のストック」を作っていたのだ。たとえばカニエの「オール・デイ」で、マッカートニーは20人もいる作曲者の─あるいは「素材のストック」に貢献したうちの─1人としてクレジットされていた。「まさか、ケンドリック・ラマーといっしょにやってるとは思わなかった! 実に名誉なことだよ」とマッカートニー。「ケンドリックや他の18人がどこをやってるかはわからないけど、いまはそういう作りかたなんだ。いいじゃない」。ブラーやゴリラズで有名な英国人アーティストのデイモン・アルバーンいわく、このコラボは「才能の無駄遣い」。彼自身も巻き込まれそうになり、マッカートニーに「ご注意を」とメールを送ったという。「デイモンがリスペクトしてくれてるのは嬉しいけど、僕は別に迷惑とか失礼だとか思ってはいないんだ。いきたければどこへでも、誰かに止められたって出かける。それでおもしろかったらいい。カニエが僕を使ってあげたんだなって思う人がいっぱいいるだろうけど、そのとおり」。

ウィングスのアルバム「バンド・オン・ザ・ラン」の録音をナイジェリアでやっていたとき、ポールと、当時の妻のリンダは道に迷った。地元の人のアドバイスを無視して暗い中を徒歩でホテルへ戻ろうとしたからだった。途方にくれていたら、フェラ・クティ(ナイジェリア出身のミュージシャン)のバンドの演奏が聴こえてきた。眠気を誘うようなピアノのリフ。気がついたら、ポールは泣いていた。「あの曲は一生忘れないよ。まだリフを覚えてる」。コンサートを終えたリヴァプールのキャヴァーン・クラブの上の階の楽屋で彼はそういった。その宣言どおりにというべきか、部屋の一角に置いてある電気ピアノのところへいき、電源を入れた。そして45年前に聴いて涙した曲のピアノのリフを再現してみせた。ポール・マッカートニーが弾くようなものとはとても思えないフレーズを、ぴったり正確に。

ポール・マッカートニーの表向きの顔は、どこにでもいる普通の人のそれだ。ただのはったりかもしれないし、また一面の真実かもしれないが。だが今回、何度も会ってともに時間を過ごす中で、他にもいろんな顔がチラ見えした。もっとずっとヘンだったり、脆かったり、うぬぼれ屋だったり、カタブツだったり、つましかったり、オタクだったり、エキセントリックだったり、楽しくやれる感じだったり。それがわかったのが今回の収穫のひとつ。なぜなら、いろんな顔のどれひとつとして、彼の成分として不必要だったり無関係だったりはしないだろうから。インタビューのどアタマでもそれっぽいことはいっていたが、当初彼は特に大きな夢などもっていなかった。全然。キャヴァーン・クラブのようなところで毎晩毎晩毎晩演奏して将来の栄光を築き上げようとか、そんなことは。その後に起きたことは、だから本人をふくめて誰にとっても、まさかの事態だった。「ちょっと小遣い稼ぎをしてクルマでも買って、女の子たちとつきあって...ぐらいだったんだ」と彼はいう。「でも、それが、こんなことになっちゃった。人生、何が起こるか...」。

Paul McCartney

もっと詳しくなろう!
11. 後に曲がリリースされた時点でウェストがコメントしたところによると、このときのセッションで彼はマッカートニーに「60年代の性交渉(pussy)はどんな感じだった?」と質問したという。マッカートーニーは喜んで答えたようだが、今回その件についてたずねたところ、公式コメント的に「そんなこと聞かれたの、記憶に無いね」。
12. マッカートニーによると、彼はウェストとはちょくちょく連絡をとりあう仲だという。「たまに電話をかけて話すときもあるけど、でも主にメールだね」
13. マッカートニーのこの発言は謙遜しまくりのように思えるかもしれないが、実はそうでもない。たとえばの話、マッカートニーとのセッションでの素材が使われたウェストの曲のひとつ「フォー・ファイヴ・セカンズ」のスポティファイでの再生回数は、マッカートニー自身の曲のどれと比べても10倍以上多い。あるいは、ビートルズのどの曲よりも2倍以上。
14. かつてのキャヴァーンは1973年、リヴァプールの鉄道工事の関係で埋め立てられてしまった。のちに掘り起こされたがオリジナルのアーチ構造は喪失していたため、同じ地下エリア内に新たに一から建造された。

ポール・マッカートニー
英国出身、1942年生まれ。バンド内では主にベースを担当しているが、ビートルズではボーカルも担当していたし、いくつかの楽曲ではリードギターも担当。ドラム演奏を披露した楽曲も発表している。1997年に英国のナイトの爵位を授与され、1999年にはロックの殿堂入りを果たしている。

文 クリス・ヒース
1969年、英国出身。作家。80年代から90年代にかけて、英国の音楽雑誌「Smash Hits」にて寄稿。数多くのミュージシャンをインタビューしていて、なかでもペット・ショップ・ボーイズとは関係が深く、80年代後半に同行した初めてのワールドツアーについて書籍を刊行した。

写真 コーリアー・ショア
1963年、米国出身。美術家。School of Visual Artsでジャーナリズムを学んだあと、80年代から90年代には芸術評論家として活動。作品を通して歴史、国籍、戦争など、さまざまなテーマを探求し、近年はとくにアイデンティティとジェンダーに重点を置いている。

Thanks! GQ JAPAN


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2018/12/23のBlog ポール・マッカートニー、ぶっちゃける 前編


ムック ビートルズ・ストーリー '75 1月31日発売
ビートルズ・メンバーの全活動を1年1冊にまとめたムック ビートルズ・ストーリー Vol.13 '75 が1月31日に発売されます。世界に向って大きく羽ばたいて行く ”1975年のウイングス”について原稿を書かせて頂きました。どうぞお楽しみに (^ ^)w

ビートルズ・ストーリー Vol. 13 '75

CDジャーナルムック新刊 ビートルズ・ストーリー '75 / 藤本国彦 1月31日発売
2019年以降も、3月のリンゴ・スターの来日公演や秋に控える『アビイ・ロード』50周年記念盤をはじめ、ビートルズ関連の話題は尽きません。世界的にも例を見ないソロ時代を1年ごとにまとめた本書も、シリーズ13冊目となります。ビートルズが法的に解散した75年も、ポール・マッカートニー率いるウイングスの幻の日本公演の当時の報道や写真家ボブ・グルーエンの独占新インタビューなど、記事は盛りだくさんです。どうぞご期待ください。

巻頭カラー ~ 貴重写真で楽しむビートルズ
特集 : 75年のビートル・アローン ~ ジョン、ポール、ジョージ、リンゴ
ビートルズ、法的に解散 (野咲良)
ジョン『ロックン・ロール』発売までの顛末 (和久井光司)
ウイングスは世界を目指す (梅市椎策)
ウイングス日本公演中止の余波 (大村亨)
ボブ・グルーエン最新インタビュー ~ ジョンとヨーコを語る (藤本国彦)
概論1975年のビートルズ (藤本国彦)
ビートルズ・ダイアリー 1975
ソロ・アルバム解説『ロックンロール』『ヴィーナス・アンド・マース』『ジョージ・ハリスン帝国』 (青木優・湯浅学ほか)
ソロ・シングル解説 (竹部吉晃・藤本国彦ほか)
ビートルズが教えてくれた (曾我泰久)
アップル・アーティスト : ビリー・プレストン (和久井光司)
ダーク・ホース・レーベル (和久井光司)
1975年のビートルズ・サウンド (川原伸司)
レア音源 (真鍋新一)
映像作品 (竹部吉晃)
歌の言葉 (朝日順子・奥田祐士・藤本国彦)
メモラビリア (大村亨・島乙平・山口茂)
パロジャケ
ブートレグ名盤
レコスケくん (本秀康)
僕とリアルタイムのビートルズ (牧野良幸)
ポールがジョージにジョンずにリンゴの絵を描いた (安田謙一・辻井タカヒロ)
ぼくは高校時代にビートルズを中古で買い集めた (大橋裕之)
写真家とビートルズ (井上ジェイ)
ビートルズ・サウンドを奏でた楽器 (大須賀芳宏)
名カヴァー&珍カヴァー (真鍋新一)
ビートルズとファッション (吉野由樹)
ビートルズと女たち (加藤正人)
ビートルズゆかりの地 (福岡耕造) 他

サイズ A5判
ページ 128ページ
定 価 1500円 (税込)
ISBN  9784909774033

Thanks! 音楽出版社

ムック まるごと1冊 ポール・マッカートニー&ウイングス 1971-1973 1月17日発売
ウイングス初期を特集したムック まるごと1冊 ポール・マッカートニー&ウイングス 1971-1973 が1月17日に発売されます。

月刊 The Beatles 臨時増刊号 まるごと1冊 ポール・マッカートニー&ウイングス 1971-1973

月刊 The Beatles 臨時増刊号 まるごと1冊 ポール・マッカートニー&ウイングス 1971-1973 1月17日発売
まえがき(ザ・ビートルズ・クラブ代表 斉藤早苗)
写真館
バンド・メンバー・プロフィール
WINGS FLY! ~ポールが結成した初めてのバンド
始まりは初心に戻ることから
ウイングスのロール・モデル
メンバー集め
ウイングス結成の理由
ザ・ルード・ボーイズ&ガールズ
ポール・マッカートニーのブルース・バンドが近々デビュー予定
バンド名の由来
新バンドお披露パーティー
風変わりな宣伝?
ウイングスのテーマは『自由』WILD LIFE
バンドの初期衝動を捉えた
サウンド
冒険心いっぱいのアルバム・ジャケット
アルバム完成
アルバムの反響
ポール、ワイルド・ライフを振り返る
ライブへの意気込み
アメリカでのプロモーション
各曲解説
アイルランドに平和を
Univercity Tour
念願のライブ活動へ向けて
リード・ギタリストの加入
リハーサルとあくまでも秘密のライブ
ウイングスをビッグにしたかったか
ツアー日程
セット・リスト
バンド初のツアーはサプライズ・ギグ!
世界的成功から一転した下積みについて
リンダの初舞台
リンダの貢献
メアリーの子羊
リトル・ウーマン・ラブ
ハイ・ハイ・ハイ
C・ムーン
ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション“WINGS WILD LIFE”
RED ROSE SPEEDWAY
新編成で初のアルバム作り
プロデューサーを立てるか立てないか
当初はダブル・アルバムの可能性も
レコーディング後半戦
当時としては久々のアルバム発売
ポールの名前を冠す
アルバム・ジャケット
ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション“RED ROSE SPEEDWAY”
赤盤・青盤
チャート
批評家の高評価と自身の定評価
各曲解説
Over Europe Tour
比較的小さな会場
ツアー日程
未発表曲が聴けるライブ
セット・リスト
演奏曲
スージー&ザ・レッド・ストライプス
James Paul McCartney
The Blues McMouse Show
007/死ぬのは奴らだ
アイ・ライ・アラウンド
1973 UK Tout 他

価格 2160円 (税込)

Thanks! HMV

ポール・マッカートニー、ぶっちゃける 前編
GQ JAPAN 2019年1・2月合併号

ポール・マッカートニーには、まだ誰も聞いたことのない面白い話がたくさんある。英版 GQ が新たなポールの一面を発掘するインタビューをおこなった。

ポールを深く知る
開口一番、「僕はまだ現役バリバリだよ」。ポール・マッカートニーがまず言おうとしたことのひとつがこれだった。彼のような76歳ともなれば、輝かしい過去を振り返って満足する段階に入っていてもおかしくない。気が向いたら新曲を作り、ファンに向けてリリースする、というように。だが現実のマッカートニーはそういう人間ではないし、過去においてそうだったこともない。大成功してセレブリティになると人が変わるという説は必ずしも正しくない。妥当するケースもあるが、たいていの場合、どれだけの人生経験を経ようと、どれだけ巨大な成功や富や名声を得ようと、その人の人間性はほとんど変わらない。よきにつけ、悪しきにつけ。音楽ストリーミングサービス、スポティファイのための今回のアビー・ロード・スタジオでの招待客オンリーのコンサートにしても、やりかたは実にマッカートニー流だった。プロモーションのために新曲をいくつかやって、あとは場を和ませるために過去の名曲もいくつか─ というのがアリガチだが、彼と彼のバンドはなんと1時間45分近くも演奏した。新曲。ウィングス時代の曲。初期ビートルズ。後期ビートルズ。曲間には懐かし系トークもしっかりあったが、あくまで「現役バリバリ」をやり続けようとしている。ポール・マッカートニーに昔話をしてもらうのは簡単だが、実はそこがやっかいでもある。インタビュー用に加工されたピカピカのエピソードが出てくるからだ。主にビートルズ関連の寓話のようなものだが、今回、私としては、そういうのではないのを語ってもらおうと考えていた。「つまり、ギューッと絞り出すみたいにして自分について話すってことだね」とマッカートニー。

シンガー・ソングライターになろうなんてことはいっぺんも思わなかった。そんなのが夢なんてヤツがいるのかな」。でもそうはいっても、ティーンの頃を振り返ったらあるはずだ。あったに違いない。最初のなにかが。「エルヴィスが出てきたときは、あんなふうになれたらいいなって思ったと思う。ジョンやジョージにしても同じだったけど、僕たち、最初はそこからだったよ。たんなる夢だったし遠い憧れで、まさかそれ以上のことになるなんて想像もしなかったけど。

学校にいた頃、父親からは「うわついてないで仕事に就け」系のことをいわれ続け、教師になったらとすすめられたという。だが当のポールは長距離トラック・ドライバーに憧れていた。「神と世界への忠誠に満ちた永遠のドライブ。この道をどこまでも、ってね」。当時、リアルの彼はそこまで信心深くもカトリック的でも全然なかったが、振り返ってみるとそんな感じだったらしい。

アッシジの聖フランチェスコが大好きだったんだ。王座みたいな椅子に座ってる彼の絵が聖書にあってね。まわりじゅうに鳥やウサギがいて、その鳥やウサギがすべて、聖フランチェスコに心ひかれてるわけさ。で、当時の僕はすっかり魅了されてしまった。

マッカートニーの半公式自伝ともいうべき「Many Years from Now」のなかのある部分がずっと心に引っ掛かっていたので、この話は絶好のツッコミのチャンスになった。で、そこからインタビューはありえない方向へ。

もっと詳しくなろう!
1. 招待された客の中にはジョニー・デップやオーランド・ブルームやリヴ・タイラーやカイリー・ミノーグやJ.J.エイブラムスやエイミー・シューマーやストームジー(英国ラップ界のスーパースター)やナイル・ロジャーズや、そしてもちろんステラ・マッカートニーもいた。
2. ビートルズ史を簡単に。ポール・マッカートニーがジョン・レノンとジョージ・ハリスンに初めて会ったのは学生時代、リヴァプールで。そして結成された最初のグループ=ザ・クオリィメンがザ・ビートルズに進化。ドイツはハンブルクの歓楽街のクラブやリヴァプールのクラブ、ザ・キャヴァーンで、主にカバー曲を演奏して腕を磨いた。ドラム担当がピート・ベストからリンゴ・スターに代わったのは1962年8月。その2カ月後に最初のシングル「ラヴ・ミー・ドゥ」をリリースし、世界的なビッグ・ネームに。革新的なアルバムを何枚か発表したのち険悪な状態となって解散したのは1970年。レノンは1980年12月、ニューヨークで精神錯乱状態となったファンに射殺された。ハリスンは2001年に癌で死亡。ビートルズ解散以降、マッカートニーは多くの期間をソロ・アーティストとして活動したが、1971年から1979年にかけてはウィングスを率いていた。
3. 「ハエは殺さないけど、蚊はやっつける。なぜって、やつらは僕を攻撃してくるからね。つまり、昆虫愛護といっても場合によるんだ」(マッカートニー談)
4. 17歳以降に18カ月間という兵役義務はのちに廃止され、ちょうど間に合うカタチでマッカートニーは入営を免れることができた。

"ギューッと絞り出すみたいにして自分について話すってことだね。"
─ あなたはいまや「ハエも殺さない」というほどの動物愛護家ですが、リヴァプールで育った子供の頃は、カエルをつかまえては殺していたそうですね。

ポール : リヴァプールのスピークという住宅地に住んでたんだ。まわりじゅう家だらけで、でもすぐ隣に森や田園地帯があって、そこらでいつもなんでもして遊んでたよ。ハッキリ覚えてるけど、12歳ぐらいの頃、もうすぐ自分は軍隊へいくんだと常に意識していた。17歳になるのはアッという間って感じだったし。で、ひとつ困ったことがあって。思ったのは、「銃剣で誰かをやっつけなきゃいけないのか? でもそんなのムリだ。どうしよう!?」ってことだった。それでカエルを殺すことになったというわけ。

─ どういうことですか?

ポール : つまり、子供ってのは残酷なことをするものだよね。猫をつかまえて振り回すとかロクでもないことをやって、それで自分をタフに鍛えようとしてるんじゃないかな。少なくとも僕の場合は、カエルを殺すことでタフになろうとしたんだ。で、殺したのを何匹も、有刺鉄線のフェンスに引っ掛けておいた。そこは僕の秘密の場所で、弟を連れていったら、彼は恐れおののいていたけどね。

─ 弟さんはそれにグッときたんでしょうか。

ポール : 身内におかしなやつがいる、と思っただろうね。実際そうなんだけど。ハッキリ覚えてるけど、「お前は女々しいヤツだからこういうのに慣れなきゃダメだ」って自分にいいきかせてたんだ。

─ その訓練は、後々役立ちましたか? それとも……。

ポール : 思いだして嬉しくなるようなことじゃないけど、でも子供ってイカレてるものだし、それにリヴァプールはガラが悪かったから。ガキどうし強力なパチンコでデカい石を撃ち合ってたのなんて、思い返すとゾッとするね。「人を殺さなくてよかった!」って。そんなのに比べたら、カエル殺しなんて可愛いものだよ。

─ 当時やったことを思いだして、どうですか。いかにも我がことのように思えるか、それとも……。

ポール : 人生というものについて考えさせられるひとつの出来事。いまここであなたのインタビューを受けてるのもそのひとつだし、ちょっと前には離婚したし、そのもっと前は30年間リンダたちといっしょの家族だったし、そしていまはアメリカ人のステキな女性と結婚してる。ナンシーと。もっと遡るとウィングス時代があって、ビートルズで、さらに戻ると幼少時代という野生領域がある。無名の時代。街で不良にからまれたり、あるいは学校で教師からヒドい仕打ちを受けたりとか。もっというと、自分が生まれた瞬間のことすら覚えてる気がするくらいだよ。おそらくはたんなる想像上の映像なんだろうけど白いタイルの部屋で、クロームの医療器具がクロームのトレイのなかでカチャカチャいってて……なんて話をするやつはおかしなやつかもしれないけどね。でも、僕の人生絵巻にはそういうシーンもふくまれている。それくらい膨大で途方もないものだし、そしてそれはまだ完結していない。変化しつつあるし、進化の途上。人生おもしろくやっていければ最低限それでいいと思うし、ときとしておもしろいどころじゃいなくらいステキなこともある。というか、たくさんあったよ。概してすごくよかった。だから深く満足してる。でも、もしカンペキに満足しちゃったら、それは行き過ぎだね。終わってしまう」。そのトゥー・マッチな状態を「ヴァルハラ(戦死した英雄を祭る記念堂)」と彼はいった。

もっと詳しくなろう!
5. 泥沼状態となって2008年に終わった2番目の妻=ヘザー・ミルズとの結婚状態は6年近く続いた。彼らの間には娘が1人いる。ベアトリス。現在14歳。
6. マッカートニーは最初の妻=リンダ・イーストマンと1969年に結婚した。リンダは1998年に癌で死亡。
7. マッカートニーが3番目の妻=ナンシー・シェヴェルと結婚したのは2011年のこと。
8. DNAの二重螺旋構造が発見されたのは1953年。その時点でマッカートニーはまだ11歳にしかなっていない。
9. 穿頭術(trepanning)とは頭蓋骨に穴をあける手術のこと。過去の様々な時代においてその効能がいわれてきたが、医学の主流的な立場からは白眼視されている。
10. 「サージェント・ペパーズ」のジャケット用ビジュアルの製作にあたったアーティストのピーター・ブレイクが2007年に指摘したところによると、ヒトラーの切り抜きはレノンの要請によって作成された。そして、ジャケット用に使われなかったテイクにはそれが写っている。

Thanks! GQ JAPAN

本 なぜビートルズは60年経っても売れ続けるのか 発売中
なぜビートルズは60年経っても売れ続けるのか

なぜビートルズは60年経っても売れ続けるのか / 田沢 貴 12月18日発売
ビートルズの人気の理由を、フレームワークを駆使し、持続可能なKFS(成功の鍵)を究明する。ビートルズのCD、LP、DVDや関連グッズは、いまだに売れ続けています。このKFS(成功要因)は何なのか? そして半世紀も保てるKFSなら、それは今の私たちにも生かせるKFSなのでは? この仮説を、マーケティング戦略に使ういくつかのフレームワークで検証しました。本書の構成は、マーケティング戦略の立案、実行のプロセスを大きく5つのステップに分け、そのステップごとにまず一般的な解説をし、次にそれをビートルズに当てはめて仮説検証してみるというスタイルになっています。5つのプロセスとは、
① SWOT分析
② セグメンテーションとターゲティング
③ ポジショニング
④ 4P分析(マーケティング・ミックス)
⑤ マーケティング・マネジメントです。
プロセスの順に章を立てました。そして、最終章でビートルズのKFSを集約しました。本書によりマーケティング戦略とビートルズの両方の基礎知識が習得できます。

田沢 貴
1958年(昭和33年)生まれ、東京都出身。早稲田大学法学部卒業後、1981年4月朝日新聞社に入社。西部本社販売管理部長、同販売第一部長、企画事業本部事業開発部長、販売担当補佐、朝日学生新聞社取締役販売担当(出向)を経て、現在は公益財団法人森林文化協会事務局長(出向)として営業と企画を担当している。入社から37年間、営業関連一筋。入社後の19年は販売現場の第一線に立つ。コンサルタント、スーパーバイザー的な業務を担って担当した新聞販売店は、北海道から九州までの10エリアで350店を超える。3年半のロンドン駐在時代はヨーロッパと中東の主要都市で、朝日新聞国際衛星版の宅配網拡充と販路開拓に奔走した。朝日学生新聞社時代には、朝日小学生新聞(創刊1967年)の最高部数記録を樹立。現職の森林文化協会では、2011年度に公益財団法人となって以来、最高額の会費収入を達成した。現場第一主義と論理主義の両立の必要性を感じ、営業とその周辺分野の自己啓発にも励む。中小企業診断士、1級販売士、ビジネス会計検定1級、ビジネス実務法務検定準1級、事業再生士補、統計士、企業情報管理士などの資格を取得。得意分野はマーケティング戦略で、社会人勉強会、各種研修会での講師も務めている。

仕 様 ソフトカバー
ページ 224ページ
サイズ 18.7 × 12.9 × 2.3 cm
ISBN  978-4344920286

Thanks! 幻冬舎

レコード・コレクターズ 2019年1月号 ウイングス特集 本日発売
15日に発売される レコード・コレクターズ 2019年1月号 はウイングス特集号です。 何冊買おうかな(笑)

レコード・コレクターズ 2019年1月号

レコード・コレクターズ 2019年1月号 12月15日発売
特集 ポール・マッカートニー&ウィングス『ウイングス・ワイルド・ライフ』『レッド・ローズ・スピードウェイ』
ポール・マッカートニーのアーカイヴ・シリーズの続編として、ウィングスのファースト&セカンド・アルバムがリリースされました。バンドにこだわるポールがウィングスを結成してリリースした『ウイングス・ワイルド・ライフ』と『レッド・ローズ・スピードウェイ』は、いわば過小評価に甘んじてきた作品ですが、今回はレア・トラックの数々に加え、当時の未発表ライヴ『ウイングス・オーヴァー・ヨーロッパ』を含むスーパー・デラックス版も登場。この時期の彼らの歩みを改めて辿ることで、その真の魅力が見えてくることでしょう。

グラフィック・ステーション
オリジナル盤ほか
7インチ・シングル
今回のリマスター盤は“コーラス・グループとしてのウィングス"という印象も強く出ている
ビートルズ末期の痛手を経てなお望んだ“バンド活動”
全曲ガイド 『ウイングス・ワイルド・ライフ』『レッド・ローズ・スピードウェイ』
2枚組版『レッド・ローズ・スピードウェイ』の曲目の変遷とその後
関連シングル・ガイド
<アーカイヴ・コレクション>解説
フレッシュン・アップ・ジャパン・ツアー2018


■ ジャニス・ジョプリン
新たなレア音源集の発売を機にビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーのメンバーが明かしたバンド=共同体の真実
ジャニス・ジョプリンが出演した知られざる映画
■ イーグルス
現在もなお更新され続けるバンドの価値を一望できるボックス・セット『レガシー』
■ ワーナー・ポップ・ロック・ナゲッツ
現在においても鑑賞に堪えうる良質な60~70年代ポップスの編集盤シリーズ続編
■ コロンビア・グルーヴィー・ソングバーズ
個性豊かな女性歌手による60年代の秘蔵の名曲を長門芳郎が厳選したコンピレーション
■ アクション
ポール・ウェラーが敬愛したモッド・バンドの全貌を最良の音質で網羅した4CD
■ 村井邦彦
インタヴュー~日本を代表する作曲家/アルファレコードの創業者が、初のエッセイ集を語る
村井邦彦がアルファレコードを語ったLAでの公開イヴェント
■ ヴァレリー・カーター
4作目のソロ新作とも言える充実した内容の未発表音源集『ザ・ロスト・テープ』
■ ブルース・スプリングスティーン
ブロードウェイで記録に残る大成功を収めた自伝的パフォーマンスをサウンドトラック盤で味わう
■ 『ロデオの恋人』50周年記念ライヴ・リポート
現地で体験したロジャー・マッギンとクリス・ヒルマンによる再現公演
■ べック・ボガート&アピス/スコーピオンズ
“ライヴ・イン・ジャパン"の名盤2作がソニーの自社生産LP第4弾として復刻
■ デイヴィッド・ボウイ
円熟期のベスト・パフォーマンスと話題になった<グラストンベリー・フェス>公演の完全版
■ コンフェッシン・ザ・ブルース
自らのルーツを白状するローリング・ストーンズ印のブルース曲集
■ 細野晴臣
多彩な音楽性が交差するサウンドトラック『銀河鉄道の夜』が特別版で復刻
■ ブラッデスト・サキソフォン
結成20周年記念となるテキサス録音2作品の肉汁のしたたるような特濃パフォーマンス
■ 天地真理
インタヴュー~70年代に一世を風靡した国民的アイドルの“歌手"としての魅力にスポットを当てたボックス

サイズ A5判
ページ 244ページ

Thanks! ミュージック・マガジン



TV , ラジオ
1/24 12:00~13:15 ビートルズ VS ストーンズ スターチャンネル
1/27 21:00~21:30 Dr.竹迫のミュージック・クリニック Red Rose Speedway 特集・後編 FMゲンキ
1/27 25:45~26:50 ビートルズ VS ストーンズ スターチャンネル

本 , 雑誌 , ムック
1/29 絵本 All you need is LOVE
1/30 ルーフトップ・コンサートのビートルズ 世界を驚かせた屋上ライブの全貌
1/31 ビートルズ・ストーリー '75
2/23 ビートルズと過ごした日々: デレク・テイラー自伝
9/5 絵本 Hey Grandude!
年内 ジミー・マッカロック伝記本

イベント
2/1 19:00 ミートフリーマンデー・ナイト
2/3まで 1960s Rock n Roll Artists: A Photographic Journey -甦る奇跡の時間-
2/9 ビートルズ講座第6弾 ビートル・アローン Vol.2 【ソロ編/1970-1980】
2/17 11:30 代々木公園ビートルズフェス ~Anthology~
2/27 19:30 ジョージ・ハリスン・トリビュート「GENTLE GUITAR MELODIES」CD発売記念ライブ&トーク
3/9 ビートルズ講座第6弾 ビートル・アローン Vol.2 【ソロ編/1970-1980】
3/23~31 THE BRITISH ROCK NAGOYA MUSIC LIFE Special Shop 名古屋
3/24まで テリー・オニール写真展 Terry O’Neill : Rare and Unseen (ビートルズ、ポール・マッカートニー写真出展)
4/22まで Double Fantasy – John + Yoko 英国

CD
2/27 トミー・リピューマ・ワークス (ポール・マッカートニー楽曲収録) 3CD
年内 オノ・ヨーコ ストーリー , シーズン・オブ・グラス , イッツ・オールライト , スターピース , 未完成作品第3番 ウェディング・アルバム

映画
3/29 ザ・ビートルズ ~ EIGHT DAYS A WEEK 名古屋
5月 ドント・ウォーリー (ジョン・レノン楽曲使用)
秋 エセルとアーネスト (ポール・マッカートニー楽曲使用)
秋 タイトル未定(ジョンとヨーコの伝記映画)
年内 ポール・マッカートニー Paul McCartney Live At The Cavern 2018

Blu-ray , DVD
年内 ポール・マッカートニー Paul McCartney Live At The Cavern 2018
2020年? ビートルズ レット・イット・ビー

アナログ盤
年内 オノ・ヨーコ ストーリー , シーズン・オブ・グラス , イッツ・オールライト , スターピース , 未完成作品第3番 ウェディング・アルバム

Freshen Up - Paul McCartney

3/20 チリ サンティアゴ National Stadium
3/23 アルゼンチン ブエノスアイレス Polo Ground
3/26 ブラジル サンパウロ Allianz Parque
3/30 ブラジル クリチバ Estadio Couto Pereira
5/23 米国 ルイジアナ Smoothie King Arena
5/27 米国 ノースカロライナ PNC Arena
5/30 米国 サウスカロライナ Bon Secours Wellness Arena
6/1 米国 ケンタッキー Rupp Arena
6/3 米国 インディアナ Allen County War Memorial Coliseum
6/6 米国 ウィスコンシン Kohl Center
6/8 米国 グリーンベイ Lambeau Field
6/11 米国 イリノイ TaxSlayer Center
6/14 米国 アーリントン Globe Life Park
6/22 米国 サンディエゴ Petco Park
6/26 米国 アリゾナ Talking Stick Resort Arena
6/29 米国 ラスベガス T Mobile Arena
7/10 米国 サンノゼ SAP Centre
7/13 米国 ロサンゼルス Dodgers Stadium

Ringo Starr And His All Starr Band

3/27 日本 福岡 サンパレス ホテル&ホール
3/29 日本 広島 上野学園ホール
4/1 日本 仙台 東京エレクトロンホール宮城
4/2 日本 福島 けんしん郡山文化センター(郡山市民文化センター) 大ホール
4/3 日本 東京 昭和女子大学人見記念講堂
4/5 日本 東京 ドームシティホール
4/6 日本 東京 ドームシティホール
4/7 日本 東京 ドームシティホール
4/9 日本 名古屋 Zepp Nagoya
4/10 日本 大阪 あましんアルカイックホール
4/11 日本 大阪 オリックス劇場