つれづれなるままにワン・オン・ワン
Tribute Vlog for One On One Japan Tour 2017
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Yesterday  Here Today  Go Now
グッズ
3/27 Days of Songs - Capitol 75th (ビートルズTシャツ)
3月下旬 ホットウィール HW ポップカルチャー THE BEATLES

イベント
3/29 ロンドン芸術大学 入学審査
3/29 13:00~15:00 パティ・ボイド来日記念トークショー 1部 アフタヌーン トークショー
3/29 17:00~19:00 パティ・ボイド来日記念トークショー 2部 レイトアフタヌーン トークショー
3/29~4/28 パティ・ボイド写真展 George, Eric & Me ~パティが見たあの頃~ モノクローム版
3/29~5/14 パティ・ボイド写真展 George, Eric & Me ~パティが見たあの頃~
3/31まで It's a Sony 展
4/9 12:30~15:30 ビートルズ・アナログ爆音鑑賞会 Vol.7 ポール・マッカートニー特集2 (1980年代から現在まで)
4/11 ポール・マッカートニー&ウイングス ロックショウ 一夜限りのライヴ絶響上映@Zepp東阪
4/14 19:30 Beatlesongs 213 ~ ビートルズの曲はここが面白い! ビートルズ・イベント パート1 全213曲を楽しむ
4/21 19:30 サージェント・ペパーズ発売50周年記念トーク・イベント (2) 音の世界
4/22 レコード・ストア・デイ
5/10まで Bailey's Icons
5/25~6/16 サージェント・ペパーズ発売50周年記念イベント Sgt Peppers At 50 英国
5/27 19:00 サージェント・ペパーズ発売50周年記念トーク・イベント (3) ジョージ・マーティンの世界
6/16 19:30 サージェント・ペパーズ発売50周年記念トーク・イベント (4) スタジオ・レコーディングの世界
7/15 19:00 サージェント・ペパーズ発売50周年記念トーク・イベント (5) ライブの世界
8/20 19:00 サージェント・ペパーズ発売50周年記念トーク・イベント (6) メンバーを取り巻く世界

本 , 雑誌 , ムック
3/29 MUSIC LIFE 1970年代ビートルズ物語
4/6 ビートルズを呼んだ男
4/12 僕を作った66枚のレコード
4/12 ビートルズの英語タイトルをめぐる213の冒険 ~〈Please Please Me〉の本当の意味知っていますか?
4/12 POWERS OF TWO 二人で一人の天才
4/13 真実のビートルズ・サウンド完全版 全213曲の音楽的マジックを解明
4/14 CROSSBEAT Special Edition ポール・マッカートニー ソロ・ワークス
4/18 ビートル・アローン
4/18 ビートルズ・ストーリー Vol.8 1969
4/22 「ビートルズと日本」ブラウン管の記録~出演から関連番組まで、日本のテレビが伝えたビートルズのすべて
4/27 サージェント・ペパーズ・シンドローム ロックの時代 1967-1968
5/22 ザ・ビートルズ『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』完全ガイド
9/21 絵本「Imagine」(仮)

TV , ラジオ
4/2 6:14~6:25 サエキけんぞうの素晴らしき80's (ポール・マッカートニー特集) NHKラジオ第1
4/2 21:00~21:30 Dr.竹迫のミュージック・クリニック ポール・マッカートニー Flowers In The Dirt 特集 Part 1 FMゲンキ
4/9 21:00~21:30 Dr.竹迫のミュージック・クリニック ポール・マッカートニー Flowers In The Dirt 特集 Part 2 FMゲンキ
4/20 22:30~23:00 藤原さくらが選ぶ! ベスト・オブ・ポール・マッカートニー MTV Japan
4/25 21:00~22:30 ポール・マッカートニー VideoSelects MTV Japan
4/28 19:30~20:00 藤原さくらが選ぶ! ベスト・オブ・ポール・マッカートニー MTV Japan
4/30 22:00~23:30 ポール・マッカートニー VideoSelects MTV Japan

CD
4/7 マイク・マクギア Woman : Remastered Edition
4/17 ローレンス・ジューバ プレイズ・ザ・ビートルズ第3集: LJ Can't Stop Playing The Beatles!
5/5 ブラック・リップス Satan's Graffiti Or God's Art? (ヨーコ・オノ、ショーン・レノン参加) US盤
6月? ビートルズ サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド発売50周年盤
前半 ヨーコ・オノ フライ
前半 ヨーコ・オノ 無限の大宇宙
前半 ヨーコ・オノ 空間の感触
前半 ヨーコ・オノ ストーリー
7月以降 ポール・マッカートニー 全カタログ再発
後半 ヨーコ・オノ シーズン・オブ・グラス
後半 ヨーコ・オノ イッツ・オールライト
後半 ヨーコ・オノ スターピース
後半 ヨーコ・オノ 未完成作品第3番 ウェディング・アルバム
年内? リンゴ・スター ニューアルバム (ポール・マッカートニー参加)
未定 ポール・マッカートニー フラワーズ・イン・ザ・ダート [デラックス・エディション] 3CD+DVD

映画
4/8~ マイ ビューティフル ガーデン
4/11 ポール・マッカートニー&ウイングス ロックショウ 一夜限りのライヴ絶響上映@Zepp東阪
4/28 ハード・デイズ・ナイト Zeppなんば大阪
5/1 ハード・デイズ・ナイト Zepp DiverCity
5/26 ポール・マッカートニー パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊
年内? ポール・マッカートニー High In The Clouds
年内? A Life In The Day

アナログ盤
4/22 ポール・マッカートニー レコード・ストア・デイ限定 3曲入りカセットテープ
前半 ヨーコ・オノ フライ
前半 ヨーコ・オノ 無限の大宇宙
前半 ヨーコ・オノ 空間の感触
前半 ヨーコ・オノ ストーリー
7月以降 ポール・マッカートニー 全カタログ再発
後半 ヨーコ・オノ シーズン・オブ・グラス
後半 ヨーコ・オノ イッツ・オールライト
後半 ヨーコ・オノ スターピース
後半 ヨーコ・オノ 未完成作品第3番 ウェディング・アルバム

LIVE
4/25 ポール・マッカートニー 日本 武道館
4/27 ポール・マッカートニー 日本 東京ドーム
4/29 ポール・マッカートニー 日本 東京ドーム
4/30 ポール・マッカートニー 日本 東京ドーム

ユニクロ UT特集 - キャピトル 75th

          

          


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ポール・マッカートニー&ウイングス
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WINGSFAN をプロデュースしてい
ます。このブログは私が日常生活
の中で興味を持ったことやウイン
グスや WINGSFAN などに関する
情報などを毎日掲載しています。 

wingsfan@wingsfan.net


JAL整備工場見学 ビートルズ来日の際に使われた機種を見学出来ます
羽田空港のJAL格納庫で機体を見学する参加者

フェンス越しに、すぐ近くを走行していく巨大な旅客機。ここは羽田空港(東京都大田区)にある航空各社の格納庫などが並ぶ「新整備場地区」だ。同地区で日本航空(JAL)と全日本空輸(ANA)が一般を対象に飛行機の機体整備工場見学を実施している。機体を間近に見られるとあって、予約開始後すぐに“満席”になる人気ぶりだ。ヘルメットを着用して格納庫へ入ると、目の前にJALの所有機では最大の「ボーイング777」が定期点検のため駐機していた。ガイド役の元キャビンアテンダント(客室乗務員)の杉原久乃が「航空機の定期点検は人間ドックのようなものです」と解説した。間近で見る旅客機は巨大で見上げるばかりだ。JALでは見学を空に興味を持ってもらうための「ミュージアム」と見立てて、「JAL工場見学 ~SKY MUSEUM~」と名付けて開催している。航空教室で航空機の飛ぶ仕組みや羽田空港の概要などを学び、続いて格納庫を見学する流れだ。この日は子どもが参加しており、航空教室では「羽田空港は2~3分に1回発着がある日本一忙しい空港です」「主翼の中に積む燃料は満タンにするとドラム缶約900本分。水に例えると、2年半の間、毎日お風呂に入れる量です」などと、わかりやすく説明してくれた。格納庫では点検中の航空機の周りに足場が組まれ、作業員が上部で作業できるようになっている。客室や操縦席の点検や整備のほか、タイヤやエンジンの交換作業も行われるという。格納庫からは轟音とともに滑走路を離着陸する航空機を見ることができ、迫力満点。庫内には1960年代の主力機で、美しい姿から「空の貴婦人」と呼ばれた「DC8」機の機首部分が保存されている。「ビートルズが来日した際に使われた機種です」と杉原は説明した。子どもにもわかりやすい説明が中心だったが、航空機ファンだという相模原市緑区の横溝彰広は「ファンでも十分満足できた」と笑顔だった。別の日に山口県立岩国工業高校の生徒たちと一緒に、ANAの機体工場見学にも参加した。格納庫にはボーイング社製では最新鋭の「787」機も駐機。787は従来の航空機とは違い、先進的な炭素繊維複合素材が多用されていることなどが説明されると、熱心にメモを取る生徒も。「乗り物の部品を作る仕事に就きたい」という同校2年の岡崎健太朗は「機種によって、いろいろなエンジンが使われていることがわかった。将来の参考になりました」と話していた。

工場見学
工場見学参加はJAL、ANAとも無料だが、事前予約が必要。両社とも対象は小学生以上で、小学生の場合、成人の同行が必要。JALは年末年始を除く毎日4回開催。1回につき100人まで見学可能。所要時間は約1時間40分。予約は見学希望日の6カ月前の9:30から 公式サイト で受け付ける。ANAは月~金曜(祝日などは除く)に1日4回開催。1回につき80人まで見学可能。所要時間は約1時間半。予約は見学希望日の6カ月前の9:30から 公式サイト で。両社とも東京モノレール新整備場駅下車徒歩。

Thanks! 毎日新聞

JALがビートルズ法被の復刻版を本日より機内プレゼント
JALオリジナルはっぴ

ビートルズ来日から50年を迎えたことを記念して日本航空(JAL)は1960年代にファーストクラスのリラクシング・ウェアとして使用し、ビートルズが1966年に初来日した際に着用していたハッピーコート(JALオリジナルはっぴ)の復刻版をロンドン(ヒースロー国際空港)発~東京(羽田国際空港)着の JL044 便において15日から機内でプレゼントする。対象はファーストクラス、ビジネスクラスの乗客で、期間はファーストクラスが12月15日~31日、ビジネスクラスが12月24日~25日(ロンドン出発日)。ビートルズ来日当時は羽田空港で日航の飛行機から法被を着て出てきた4人が手を振る姿に多くのファンが熱狂した。

対象便
JL044便 ロンドン発~東京(羽田)行き

対象期間 (いずれもロンドン出発日ベース)
ファーストクラス 2016年12月15日(木)~12月31日(土)
ビジネスクラス  2016年12月24日(土)~12月25日(日)

JALオリジナルはっぴ

Thanks! 日本航空 and more

JAL、東京-ニューヨーク線50周年 客室乗務員は懐かしい制服姿でお祝い
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12日、日本航空(JAL)は東京-ニューヨーク線開設50周年のイベントを成田空港で開いた。同路線は日本を発着する路線の中でも「看板路線」のひとつ。搭乗ゲートには就航当時の制服に身を包んだ客室乗務員(CA)らが、搭乗証明書などの記念品を配りながらフライトを見送った。

▪️ 当初は羽田からホノルル、サンフランシスコを経由
東京とニューヨークを結ぶ路線自体は、第2次世界大戦直後の1947年に開設されていた。だが、当時の日本は連合国軍総司令部(GHQ)占領下で、運航していたのは米国の航空会社だった。それから19年後の1964年、ニューヨークで開かれた万博のための物資や人員を運ぶためにJALが日本の航空会社として初めて同地に臨時便を飛ばし、さらに2年後の66年11月12日、定期便の運航が始まった。ビートルズが初来日した4か月半後のことだ。初便はダグラスDC-8型機の「SETO号」で運航。羽田空港を出発し、ホノルル、サンフランシスコを経由して約19時間かけてニューヨークに向かった。目的地はジョン・F・ケネディ国際空港だったが、悪天候で行き先がラガーディア空港に変更されるという「おまけ」つきだった。その後、68年にはサンフランシスコのみを経由するようになり、72年には経由地をアラスカのアンカレッジに変更。78年には、日本側の拠点が成田空港に移った。83年には「ジャンボジェット」として知られたボーイング747型機が就航し、直行便になった。今ではボーイング777-300ER型機と787-8型機が、東京からニューヨークを約13時間(逆方向は約14時間30分)で結んでいる。

▪️ 羽田線開設めぐり競争劇化
50周年の節目となる2016年11月12日の成田空港の搭乗ゲートには、就航当時の写真や時刻表などが飾られ、就航当時(1966年)の3代目、世界1周路線就航時(1967年)の4代目、直行便就航時(1983年)の6代目の制服に身を包んだCAらが記念品を配った。ニューヨーク行きのJL6便(ボーイング777-300ER型機)は乗員・乗客247人を乗せて定刻の11時頃に出発した。東京-ニューヨーク間はJALと全日空(ANA)が1日2往復ずつ、ユナイテッド航空が1往復の、計5往復が運航されている。9月29日まで続いた夏ダイヤでは全て成田空港発着だったが、翌30日に始まった冬ダイヤではANAが2往復のうち1往復を羽田発着に変更している。ANAが東京(成田)-ニューヨーク線を就航させたのは1991年のことだったが、高い客単価が期待できる羽田空港の発着枠を多く配分されたANAが攻勢を強めている形だ。一方のJALは経営再建のために公的支援を受けた影響で、国交省から新規路線の開設に制限を受けている。この制限が17年3月で解けるため、JALも近く羽田-ニューヨーク路線を開設するとみられており、競争が激化しそうだ。

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Thanks! J-CASTニュース

ビートルズ来日50年 熱狂イエスタデイのよう
The Beatles

ビートルズの来日から今年で50年を迎えた。9月には当時の活動を追ったドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ ~ EIGHT DAYS A WEEK」が公開され、時代を超えた人気は不動のままだ。大人は「不良の音楽」と呼び、若者は熱狂した。来日公演を会場で見た人は何を感じ、何を思ったのか、半世紀を超えて聞いた。

ばんばひろふみ 涙の乗車券握りしめ
ビートルズが来日したのは1966年6月29日午前3時40分。台風の影響で11時間遅れて羽田空港に到着した。公演は日本武道館で30日から3日間、計5回行われた。京都市東山区出身の歌手ばんばひろふみは7月1日夜の公演にいた。高校2年だった同級生のつてでチケットを入手。学校を早退し、2人で新幹線に乗って会場に向かった。「当時の世間の認識ではロックは不良の音楽。コンサートに行ったら退学という学校もあった。でも、これを逃したらビートルズを見る機会は絶対にないし、何があっても行くべきだと思った」と振り返る。会場は警察の機動隊や警備員が並び、通路にも控えた。ステージに近いアリーナに客席は設けられず、座席から見たビートルズは遠かった。それでも4人が登場すると、わめくような歓声が上がり、ばんばも「とりあえず叫んでいた」。今と比べて音響システムが未熟だったこともあり、音は聞こえにくかった。ビートルズの演奏は30分ほどだったが、観客はずっと興奮状態にあった。ばんばは隣に座っていた女性を思い出す。「ジョン・レノンがこっちを向くと、興奮して「ジョンだー」と言って僕の右肩にかみつくんですよ。僕も興奮してるから、かまれているのは分かるけど、ビートルズを一瞬たりとも見逃すかという気持ちが強くて」。帰り際に見ると、服には歯形がつき、血がにじんでいた。「それくらい彼女も興奮していた。僕も痛さなんて忘れてました」。西京区の主婦、日下美智子は神奈川県出身で、当時中学2年だった。ライオンの歯磨き製品を買ってチケットプレゼントに応募し、はがき50通を出して当選した。校則が厳しかった学校には卒業するまで内緒にした。2階席で周りは若い女性ばかりだった。立つと注意され、通路に陣取る警備員に興ざめした記憶がある。ただ演奏が始まると「うれしくてぼーっとしていた。ビートルズと同じ地面に立っているということが夢のようだった」。夢うつつのステップを踏みながら、会場を出た記憶がある。小学6年だった堀井晋次は「子どもにも衝撃を与えた。アウトローであることがかっこいいと思った。ビートルズと同じ場所にいたことは今でも誇り」と話す。ビートルズは全公演を終えた翌日の7月3日、すぐに羽田空港から次のツアー先のフィリピンへ旅立った。あの日、日本武道館を出て、帰りの地下鉄に向かって歩いていたばんば。ぞろぞろと歩く群集の中で思った。「ほんまにビートルズ見てたんかな」。直前までの光景は現実離れし、リアルさはなかった。

名曲人生をヘルプ!
ビートルズは1962年のレコードデビュー以降、世界中で人気を博し、1970年に事実上解散した。活動が人々に与えた影響は音楽やファッションなどの分野だけにとどまらない。ビートルズの力は、多くの人生の歩みに届いている。ばんばひろふみは中学2年の時、クラシックのレコードを買いに行った店でビートルズの曲に出会った。「これなんですか?」と驚き、思わずアルバムを買った。家に帰り、聴けば聴くほど「バイオリンをやってる場合ではないと思った。それでギターに持ち替えた」。ビートルズが1968年にインドを訪れたことにも影響を受けた。「インドから帰ったビートルズは歌詞が哲学的になったり、楽器も変わった。この天才たちを変えた国にすごく興味が湧いた」。ばんばも33歳で初めてインドを訪れ、人生観が変わった。貧しい現地の生活に触れ、「自分たちはいかに無駄な物をいっぱい持ってるか。シンプルに生きたらいいじゃないか」とインドという国を見て学んだという。

魂継ぐコピーバンド
ビートルズに憧れ、コピーバンドとして魂を受け継ぐ人たちがいる。京都で活躍するビートリップスはビートルズの曲が聴ける名店、京都キャバンクラブ(閉店)の専属バンドだったメンバーが中心となり、2000年ごろに結成された。リーダーでポール・マッカートニー役の川畑貴生はミュージシャンとして30年近くビートルズを追究してきた。少しでも近づきたいと、原曲に忠実に演奏し、手の動きやコードの押さえ方にこだわる。「ビートルズは体の一部。間違った形でファンに伝えたくない」と熱く語る。ジョン・レノン役の松本清一は中学時代にビートルズの曲を聴いて「ぶっ飛ばされた」という。「4人が一緒に歌うことで生まれるパワー」を大切にしている。

Thanks! 京都新聞

ビートルズ来日50周年を記念し、浅井慎平撮影の写真集が12月に全世界同時発売
HELLO,GOODBYE The Beatles in Tokyo 1966

ビートルズの来日50周年を記念した豪華写真集 HELLO, GOODBYE The Beatles in Tokyo 1966 が12月に全世界同時発売される。1966年の来日公演で、唯一のオフィシャルカメラマンを務めた浅井慎平が撮影した珠玉の名場面が50年ぶりによみがえる。浅井にとって1966年発売の「ビートルズ 東京 100時間のロマン」以来のビートルズ写真集で、東京・羽田空港到着から記者会見、ホテルでの素顔や和楽器で遊ぶ姿など、浅井だから実現した貴重なカットが満載。ファン垂涎のお宝グッズになること間違いなしだ。写真集は浅井慎平の直筆サインが入り、完全限定数で発行される。発売予定価格は4万8000円(送料込み)で、9月28日10:00から シンコーミュージック特設サイト で予約がスタートする。シンコーミュージックで写真集を予約購入すると特典として MUSIC LIFE 特製ビートルズノート3冊セットが同梱される。

Thanks! サンケイスポーツ

講演会 ビートルズ来日50周年を振り返って 9月29日開催
The Beatles

民音音楽博物館では文化講演会として、世界中で旋風を巻き起こしたビートルズにスポットを当て、彼らが音楽シーンに与えた影響をトーク・演奏・映像で辿る「ビートルズ来日50周年を振り返って」を9月29日(木)に民音ミュージアムホールで実施する。現在、本イベントの観覧者を募集中。民音音楽博物館が実施する文化講演会では、様々なジャンルの音楽関係者を招き、音楽が社会に果たす役割について考察している。今回は世界の音楽シーンに多大な影響をもたらしたビートルズにスポットを当て、そのデビューから来日公演となった武道館でのライブ、解散からソロ活動、そしてジョン・レノンの死まで、その偉大な歴史を振り返る。ナビゲーターは戦後の音楽シーンの歴史を自身で体験し、ビートルズに関する著作も多数出版されている立川直樹、日本で初めてビートルズへの個別取材に成功した元ミュージック・ライフ編集長の星加ルミ子を迎える。お二人のトークを中心にシンコーミュージックの協力による貴重な写真・映像を交えながら、歴史はもちろん、各メンバーのキャラクター、取材の印象などの“裏話”、20世紀におけるビートルズとは? そして、今後ビートルズの音楽は時代にどんな影響を与え続けるのか?を解き明かしていく。また、ゲストアーティストとして、国際的に活躍するトランペット奏者、プロデューサーである近藤等則を迎え、ビートルズの名曲を生演奏で紹介する。偉大なる“ビートルズ”について再発見してみてはいかがだろうか。

民音音楽博物館 文化講演会 ビ-トルズ来日50周年を振り返って
日 時 9月29日(木) 19:00~
会 場 民音ミュージアムホール (東京都新宿区信濃町8番地)
出演者 立川直樹、星加ルミ子
ゲスト 近藤等則(トランペット演奏)
料 金 無料
主 催 民音音楽博物館 (03-5362-3555 平日9:00~17:00)

応募方法
往復ハガキに、住所・氏名・電話番号・希望人数(1通につき2名まで)を必ず明記の上、下記の宛先までお申し込みください。
〒160-8588 東京都新宿区信濃町8番地 MIN-ON「ビ-トルズ来日50周年を振り返って」事務局
〆切 9月15日(必着)
・応募者多数の場合は抽選となります。抽選結果は9月下旬発送予定の返信に記載します。

Thanks! ポップシーン

TV ザ・ビートルズ来日50周年記念コンサート THE TRIBUTE まもなく放送
奥田民生

僕たちのビートルズ ザ・ビートルズ来日50周年記念コンサート THE TRIBUTE
日時 8月26日(金) 24:55~25:50
出演 スキマスイッチ、Char、LOVE PSYCHEDELICO、ROY(THE BAWDIES)、絢香、奥田民生、斉藤和義、トータス松本


今年6月に2日間に渡り名古屋国際会議場センチュリーホールで開催されたザ・ビートルズの来日50周年記念コンサート「THE TRIBUTE」のテレビ放送が決定した。同番組は「僕たちのビートルズ ザ・ビートルズ来日50周年記念コンサート THE TRIBUTE」と題され、CBCテレビの開局60周年記念特番として8月26日深夜にテレビ放送される。

Thanks! CBC

TV ザ・ビートルズフェス~来日50年記念 3時間SPECIAL~ 本日まもなく再放送
ザ・ビートルズフェス~来日50年記念 3時間SPECIAL~

ザ・ビートルズフェス~来日50年記念 3時間SPECIAL~ 7月31日 13:00~16:00 NHK BSプレミアム
1966年。衝撃の武道館公演をはじめ、日本に嵐を巻き起こし、大きな影響をのこしたザ・ビートルズ。あれから50年。4人を愛するミュージシャンによるトリビュートライブ&トーク、当時の知られざるエピソードを掘り起こしたドキュメント、森高千里によるイギリス紀行、来日を知る著名人の証言など、盛りだくさんでビートルズの魅力を改めてお伝えする3時間!「今」だからこそ深く響いてくるザ・ビートルズ熱狂の記録です。

出演
OKAMOTO’S,ゴスペラ―ズ,財津和夫,THE ALFEE,スターダストレビュー,ダイアモンドユカイ,仲井戸麗市,平原綾香,マーティ・フリードマン,村治佳織,LOVE PSYCHEDELICO,和田唱,森高千里,浦沢直樹,志村けん,高橋大輔,テリー伊藤,橋爪大三郎,星加ルミ子,湯川れい子

司会
ジョン・カビラ,小島瑠璃子

楽曲
TICKET TO RIDE
DRIVE MY CAR
ALL MY LOVING
I FEEL FINE
HERE COMES THE SUN
BLACKBIRD
ノルウエーの森
IN MY LIFE
BABY S IN BLACK
NOWHERE MAN
HEY BULLDOG
GLASS ONION
I AM THE WALRUS
THE LONG AND WINDING ROAD
HEY JUDE
YOU WON T SEE ME
SOMETHING
YESTERDAY
COME TOGETHER
HELLO GOODBYE

Thanks! NHK

来日半世紀祝うビートルズ展 収集家の逸品並ぶ 兵庫県赤穂市
ビートルズ来日50周年記念展 - 赤穂市 市立民俗資料館

ビートルズ来日50周年記念展
会 期 6月30日~8月30日
時 間 9:00~17:00 (入館は16:30まで)
会 場 市立民俗資料館 (兵庫県赤穂市 JR播州赤穂駅下車徒歩15分、山陽自動車道赤穂ICから5分)
入場料 大人100円、小人50円 (ココロンカード持参の場合は無料)
休館日 水曜日 (祝日が重なった場合はその翌日)

20世紀を代表するロックバンド、ビートルズの来日公演から50年に合わせ、ビートルズ来日50周年記念展 が兵庫県赤穂市上仮屋の市立民俗資料館(0791-42-1361)で開かれている。館内はメンバー4人の写真で埋め尽くされ、レコードやポスターなど約千点が並ぶ。往年の名曲を聴きながらビートルズの世界に浸ることができる。8月30日まで。5月に同市加里屋でビートルズサロンを開館させたデザイナー岡本備の収集品を展示。約2万点の中から来日50周年にふさわしいグッズをえりすぐったという。会場には高校生だった岡本が公演のあった日本武道館に駆けつけた際のチケットや公演時のメンバーの姿を拡大したタペストリーなどが並ぶ。岡本が表紙を手がけた写真集などもある。高校生以上100円、小中学生50円。8月11~14日13:30から14:30までの間、岡本がビートルズの歌詞などを解説するトークショーもある。

ビートルズ来日50周年記念展 - 赤穂市 市立民俗資料館

ビートルズ来日50周年記念展 - 赤穂市 市立民俗資料館

ビートルズ来日50周年記念展 - 赤穂市 市立民俗資料館

Thanks! 神戸新聞

映画で味わい感じるビートルズの歴史と音楽
ビートルズ

1966年6月29日早朝、4人の英国の若者が羽田空港に降り立った。ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター。世界中に旋風を巻き起こすビートルたちである。翌30日夜、日本武道館で初公演。7月1日、2日には昼夜2回の公演。3日午前離日。音楽シーンばかりか文化、社会にまで多大な影響を及ぼし、歴史にもその名を残すであろうこのバンドの最初で最後の日本滞在は、100時間あまりのものだった。当時の日本の熱狂ぶりを知るには、新聞、週刊誌、音楽誌、テレビ、ラジオなどが伝えたビートルズの記録「ビートルズと日本 熱狂の記録」(大村亨著 シンコーミュージック・エンタテインメント)が参考になる。

8000人の機動隊、警察官
のべ8000人とも言われる機動隊、警察官が動員され、滞在した東京ヒルトンホテル、武道館、空港などに敷かれた厳重警戒態勢。あれは騒音、音楽じゃない、あのオカッパ頭は何だ、と批判する「知識人」たち。神聖なる武道館を使うのはいかがなものか、と反発する人々。「和製ビートルズ」のジャズ喫茶やテレビ番組などでの活躍。ブームに便乗する商魂たくましい人々... ビートルズ関連の報道は、来日が決定した4月以降急増、公演のテレビ放送視聴率も60%を記録した。しかし、離日とともに、一般メディアは一気に興味を失った。世界を席巻したビートルズ旋風は、様々なドキュメンタリー映像で見ることができる。「ザ・ビートルズ・アンソロジー DVD BOX」のような10時間以上にも及ぶものもある。大半の作品を手がけた音楽プロデューサー、ジョージ・マーティンの生涯を綴った「プロデューサー ジョージ・マーティン~ビートルズを完成させた男」(2012)ならその音楽的アプローチも見えてくる。「ビートルズの秘書」フリーダ・ケリーのドキュメンタリー「愛しのフリーダ」(2013)は彼らの違った側面を気づかせてくれる。リバプールのキャヴァーン・クラブで演奏していた頃からのビートルズファンで、ブライアン・エプスタインがマネージャーとなった時、17歳にして秘書となり、1972年、ビートルズ・ファンクラブが正式に解散するまで支え続けた女性である。フィクションだが、映画「抱きしめたい」(1978)も、当時の空気を疑似体験させてくれる。1964年2月、ビートルズが米国初上陸、出演予定の「エド・サリヴァン・ショー」をこの目で見ようとあの手この手のドタバタ劇だが、ロバート・ゼメキスの初監督作ということもあって、その代表作「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズにも似た空気が楽しい。5枚目のシングル「抱きしめたい」で全英ナンバーワンヒットを記録したビートルズの次なるターゲットは米国。しかし、クリフ・リチャードのような大物でさえ失敗しており、英国ミュージシャンの米国進出はあまり期待できない。

米国で1~5位まで独占の快挙
そんな中、1964年初め、米国でもナンバーワンとなる大ヒットに。そして、2月、米国入り。「エド・サリヴァン・ショー」出演。「シー・ラブス・ユー」「抱きしめたい」など5曲を演奏し、番組は72%という高視聴率を記録する。さらにワシントン・コロシアム、カーネギーホールでの公演、2度目の「エド・サリヴァン・ショー」出演などをこなし、4月には、ビルボード・シングルチャートで、1位から5位まで独占する快挙を達成する。そんな大成功を手に帰国後、すぐさま撮影が開始されたのが「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!(再公開時邦題 ハード・デイズ・ナイト)」(1964)。ファンに囲まれ、せわしく不自由な毎日にうんざりのビートルズの面々が、ファンから、警官から、逃げ回るユーモアたっぷりの一作である。もちろん、その最大の魅力が音楽だが、人気ミュージシャンをフィーチャーした作品にありがちな無邪気な音楽映画にとどまっていない。ドキュメンタリー風白黒映像が映え、少々シュールな作品は、「Jukebox Movieの「市民ケーン」」と評する声、リチャード・レスター監督を「MTVの父」と呼ぶ者さえいる、映画史上重要な作品となっているのである。この映画の公開で、その音楽が、ブームが、そしてメンバーのイメージが、さらに世界に広がっていった。翌年には、主演第2作「HELP! 四人はアイドル」(1965)も公開。リンゴが指にはめる指輪を巡りカルト教団が4人を追いかけるナンセンスコメディだが、これもまた、音楽だけが魅力ではない、再び組んだレスター監督の才気に満ちた作品となっている。どちらの作品が公開された時も、映画館でスクリーン上の「アイドル」に向かって絶叫する「ビートルマニア」の姿を、メディアは冷ややかな目で伝えた。日本公演の時も、ロクにその音楽も聞かず、大半の保守的な「大人」、メディアは、先入観から、批判的な目で見ていた。

大きな変化のうねり
しかし、その時、アルバム「リボルバー」のレコーディングを終えてすぐ始まったワールドツアーの一環として日本にやって来ていたビートルズ自身、大きな変化のうねりの中にいた。革新的、実験的とも言え、当時の技術ではライブでの再現が難しい曲も少なくないこのアルバムは8月初めリリース。8月末にはサンフランシスコ公演を最後にステージ活動を停止している。どこへ行っても「ビートルマニア」がいるからホテルに缶詰め。コンサートでは歓声で演奏がかき消される。アルバム制作に長い時間が割けない。フラストレーションをためこんでいた彼らは、ライブからレコーディング、アイドルからアーティストへと大きくシフトしていったのである。それからしばらく、4人は独自の時を過ごした。ポールは映画「ふたりだけの窓」(1966)の音楽を書き、ジョージはインドへと渡り、リンゴはのんびり家族と。ジョンはリチャード・レスター監督の皮肉に満ちた戦争映画「ジョン・レノンの僕の戦争」(1966/日本劇場未公開)に出演した。「ジョン・レノンに何があったのか。ビートルズは解散か。俳優になるつもりなのか。真相は謎だ」「ジョンは26歳を前に、変化を求めているようだ」。そんなコメントを伴う映像から始まる「「僕の戦争」を探して」(2013/日本劇場未公開)は、スペインの映画賞ゴヤ賞で作品賞、監督賞など6部門受賞の佳作。スペイン、アンダルシア地方、アルメリアでの「僕の戦争」の撮影現場に、ヒッチハイクの2人の若者とともにやって来た英語教師が主人公のロードムービーである。主人公は、学校の英語の授業で、ビートルズの「ヘルプ!」を教材に、曲が何を言いたいのか、生徒たちに問う。その答えは「成功の孤独。ジョンは助けを求めてるんだ」。映画は「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」がラストを飾る。「僕の戦争」撮影中に作られたというこの曲は、およそ3か月ぶりにメンバーが集まると、まず、レコーディングされた。翌年2月発表のシングルにするため、アルバムからは外れるが、この時レコーディングしていたアルバムは「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」。

初のコンセプト・アルバム
時間に追われず、曲作りに打ち込んだスタジオワークの賜物であるその作品は、架空のバンドが織りなす「初のコンセプト・アルバム」とされ、音楽業界に革命的変化をもたらした歴史的名盤である。8月、インド文化に傾倒するジョージの勧めで、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの超越瞑想集会に参加していた彼らは、エプスタイン急死の報を受ける。長く行動を共にしたマネージャーの死は、自分たち自身でマネージメントすることを決断させるとともに、まとめ役を失い、それぞれの主張が走り出すことも意味した。多忙で先送りされていた映像企画が再開された。「カッコーの巣の上で」(1975)の原作者ケン・キージーとヒッピー仲間によるバスツアーにヒントを得てポールが発案したサイケデリックなペイントのバスでの旅「マジカル・ミステリー・ツアー」である。実質的な監督となったポールが雑務もこなした、行き当たりばったりの音楽と色彩に満ちたバスツアーの映像は、年末、BBCチャンネル1で放映された。しかし、世の下した評価は「失敗作」。白黒放送で、サイケデリックな色彩など分からぬ放送だったこともあっただろう。しかし、数日後、チャンネル2でカラー放映されても、失敗作のレッテルがはがされることはなかった。1968年、マハリシのレクチャーを受けていたインドから帰ると、自らの会社「Apple Corps Ltd.」で、レコード、出版、小売、エレクトロニクス、映画製作配給なども目指していくことを発表。7月には、「Starring Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」とクレジットされたサイケデリックミュージックアニメ「イエロー・サブマリン」(1968)が公開となった。その主題曲のリードヴォーカルはリンゴ。ステージでは後ろにいるリンゴだが、映画ではいつも目立つ存在。「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」でも「HELP! 四人はアイドル」でもそうだった。俳優としての資質が認められ、以後多くの作品に出演することになるリンゴの代表作「マジック・クリスチャン」(1969)は、名優ピーター・セラーズと共演する皮肉たっぷりの反体制コメディである。

それぞれの道を追求し始める
ジョンとヨーコも顔を見せ、オープニングタイトル曲「Come and get it」はポールの作。演奏するバッドフィンガーは、解散後のビートルたちの多くのアルバムでもプレイする「アップル・レコード」の秘蔵子だった。11月、2枚組アルバム「The Beatles」が発表された。そのジャケットから「ホワイトアルバム」とも呼ばれる30曲の多くはインド滞在中の作。しかし、題名とは逆に、ソロの集合体とも言えるような共同作業の少ないアルバムで、まとまりがない、との批判も少なくなかった。こうして、それぞれが自分の音を追求、グループがバラバラになりつつある現実もあり、ポールは「もう一度原点にもどろう」と呼びかけ、オーヴァー・ダビングを一切行わないデビュー当時のようなアルバムを目指す「ゲット・バック・セッション」が1969年1月始まった。それは、レコーディング風景をフィルムに収め、映画とする企画でもあった。アップル本社ビル屋上では、予告なしのゲリラライブ「ルーフトップ・コンサート」も行われた。しかし、満足できるアルバムはできず、棚上げとなってしまう。そんななか、再び、集まり制作された「アビイ・ロード」は、「ゲット・バック・セッション」とは違い、素晴らしい出来。あの有名なジャケットと相まって、ビートルズのアルバムの中でも人気の一作となった。それでも崩壊が止まることはなく、1970年4月、ポールの「脱退宣言」で実質的に解散が決定。「ゲット・バック・セッション」に追加レコーディングが行われ、新たに独特の「ウォール・オブ・サウンズ」で知られる名プロデューサー、フィル・スペクターを迎え完成した「レット・イット・ビー」が5月リリース。続けて公開された映画「レット・イット・ビー」(1970)には、レコーディング風景、「ルーフトップ・コンサート」とともに、解散へと向かうメンバーたちのかみ合わない姿が記録されていたのである。

抱きしめたい I wanna hold your hand 1978年米国映画
監督 ロバート・ゼメキス
出演 ナンシー・アレン、スーザン・ケンダル・ニューマン、ウェンンディ・ジョー・スパーバー、テレサ・サルダナ
1964年2月、米国に初上陸したビートルズが「エド・サリヴァン・ショー」に出演する前日のニュージャージー州の片田舎。ポールの熱烈なファンであるロージー、結婚を目前に控えたパム、ジャーナリスト志望のグレイス、ビートルズの音楽に否定的なジャニスは、ビートルズが滞在するホテルに潜り込もうと、葬儀屋の息子ラリーをたぶらかし、そのリムジンでニューヨークへと向かった。ことは目論み通りには進まなかったが、どさくさに紛れ3人がホテル侵入に成功、偶然が重なりパムはビートルズの部屋に... 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズのロバート・ゼメキスの初監督作。音楽やアーカイブ映像の使い方も絶妙な時代の空気を感じさせる一作となっている。

ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ! A Hard Day's Night 1964年英国映画
監督 リチャード・レスター
出演 ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター、ウィルフレッド・ブラムベル
音楽 ジョージ・マーティン
ファンに追いかけられ、列車に飛び乗ったビートルズの4人。ポールの隣にはその祖父が座っている。列車で、ホテルで、悪戯好きのこの祖父に4人は振り回され続ける。テレビ生放送での演奏のためやってきた劇場でも、けしかけられたリンゴが外出。3人はリンゴを探しに出かけるが... ファンに追いかけられ不自由でせわしないビートルズの日常を、コミカルに、即興的に、そしてちょっとシュールに描く「ナック」(1965)「三銃士」(1973)などで知られるリチャード・レスター監督作。「Jukebox Movieの「市民ケーン」」と評する声もあり、British Film Institute(BFI)がTop100 British Filmの1本に選ぶなど、多くのベスト映画リストに挙げられている映画史上重要な一作。アカデミー賞でも、アラン・オーウェンが脚本賞、ジョージ・マーティンが編曲賞にノミネートされている。

HELP! 四人はアイドル Help! 1965年英国映画
監督 リチャード・レスター
出演 ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター
ビートルズ主演映画第2作は、カルト教団の生贄がつけるはずの指輪をリンゴがしていたことからビートルズのメンバーたちが追われることになるドタバタ劇。白黒だった第1作「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!」(1964)から、本作ではカラーとなり、カラフルになった演奏シーンはPVの手本のよう。前作同様メガホンをとったリチャード・レスター監督の才気が感じられるナンセンスでシュールな笑い満載の一作である。

「僕の戦争」を探して Vivir es facil con los ojos cerrados 2013年スペイン映画(日本劇場未公開)
監督 ダビド・トルエバ
出演 ハビエル・カマラ、ナタリア・デ・モリーナ
音楽 パット・メセニー
1966年、フランコ政権下のスペイン。ビートルズの「Help!」を教材に英語を教える教師のアントニオ。映画「ジョン・レノンの僕の戦争」撮影のため、アンダルシア地方、アルメリアに滞在しているジョン・レノンに会えないものかと、アントニオは、車を走らせる。途中、わけありのような2人のヒッチハイカーを乗せ... スペインの映画賞、ゴヤ賞で、作品賞、監督賞、脚本賞、新人女優賞など6部門受賞。アントニオを演じた「トーク・トゥ・ハー」(2002)などで知られる演技派ハビエル・カマラが主演男優賞、人気ジャズギタリスト、パット・メセニーが作曲賞を受賞している。日本ではラテンビート映画祭で上映されたが、劇場公開はされていない。

イエロー・サブマリン The Beatles Yellow submarine 1968年英国映画
監督 ジョージ・ダニング、ジャック・ストークス
昔々、海底深くペパーランドという王国があった。ある時、サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドの演奏中、ブルー・ミーニーが「アンチ・ミュージック・ミサイル」で攻撃をしてきた。何とかその場を逃げ出し、イエロー・サブマリンでリバプールへとやって来た指揮者オールド・フレッドは、そこで出会ったリンゴに救援を依頼する。リンゴはビートルズの仲間とともに、サブマリンに乗り込んだ。そして、時間の海、科学の海、怪物の海、穴だらけの海など様々な危機をくぐり抜け、ようやくたどり着いたペパーランドで、音楽とユーモアをもって、愛と音楽を甦らせたのである。劇中、アルバム「イエロー・サブマリン」に収録されていない曲も登場するが、それらをも集めた「イエロー・サブマリン~ソングトラック~(Yellow Submarine Songtrack)」が1999年リリースされている。(そこには、「イエロー・サブマリン」に収録されていた、ジョージ・マーティンのオーケストラ曲は収録されていない)

マジック・クリスチャン The Magic Christian 1969年英国映画
監督 ジョセフ・マッグラス
出演 ピーター・セラーズ、リンゴ・スター、ユル・ブリンナー
音楽 ケン・ソーン
公園で見つけたホームレスの青年に自分の養子になることを提案する大富豪ガイ卿。交換条件は「腐敗と妥協にまみれた世界でエリート面している連中を、カネを使って攻撃する」こと。条件をのんだ青年とガイ卿は、まず、国立劇場でハムレット役者にストリップをさせ、観客をいたぶることに成功する。次々と企みを成功させる2人は、豪華客船「マジック・クリスチャン号」にエリートを自認する連中を集め、さらなる大作戦に出た。そして、ゴリラや吸血鬼まで登場する船内は大混乱... 大物スターが次々と登場するナンセンスな英国的風刺劇。主役2人のキャラクターがさえ、冒頭流れるバッドフィンガーの「Come and get it」など、音楽も大きな魅力である。

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フラワーズ・イン・ザ・ダート

ポール・マッカートニー at 日本武道館