つれづれなるままにエジプト・ステーション
Tribute Vlog for Egypt Station
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イベント
8/19 10:30 福島空港開港25周年記念 復興支援 ビートルズ・ライブ
8/19まで イエローサブマリン POP UP STORE
8/25 14:00 オール・マッカートニー ~ポール・ザ・ベスト!~ Vol.6 嗚呼!ブロード・ストリート
8/26 13:00 早稲田ビートルマニア設立40周年 8月ライブ(定期ライブ)
9/8 13:00 ビートルズ・アローン 1962~1970 ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの魅力を徹底解説
9/12 20:00 ビートルズはここで生まれた 聖地巡礼 from London to Liverpool 出版記念トークイベント&サイン会
10/1~8 藤本国彦と行くロンドン+リバプール・ビートルズゆかりの地めぐりの旅
10/28 早稲田ビートルマニア設立40周年 40周年記念ライブ
11/4 早稲田ビートルマニア設立40周年 40周年記念祭
11/22 19:00 ザ・ビートルズ「White Album」リリース50周年記念イベント“Back In The Beatles”
11/29 19:00 伊豆田洋之ポール・マッカートニーを歌う IZUTANEYAMA WINGS 2018
2019/4/22まで Double Fantasy – John + Yoko 英国

本 , 雑誌 , ムック
8/20 ミュージック・マガジン 2018年9月号 (ポール・マッカートニー特集)
8/28 グラフィック・ノベル Yellow Submarine
10/9 イマジン ~ジョン&ヨーコ~
10/10 グラフィック・ノベル Yellow Submarine Limited Edition Box Set
秋 リンゴ・スター Another Day In The Life
年内 The Beatles: Yellow Submarine
2019/1/29 絵本 All you need is LOVE

グッズ、アイテム
8/20 12:00 ポール・マッカートニーTシャツ
9/7 ジョン・レノン 切手シート
10/17 ザ・ビートルズ公式2019年版カレンダー

TV , ラジオ
8/20 ザ・レイト・レイト・ショウ・ウィズ・ジェームズ・コーデン 米国
8/24 27:00~28:00 MUST BE UKTV (ジョン・レノン、ポール・マッカートニー出演) NHK BSプレミアム
9/6 22:20~23:50 グラミー賞授賞式 60周年スペシャル (ポール・マッカートニー出演) WOWOWライブ

CD
8/24 ビートルズ A HARD DAY'S NIGHT Sessions
8/24 ビートルズ ウルトラ・レア・トラックス - UK・リールズ・VOL.1
今夏? Music of the Spheres (ポール・マッカートニー参加)
9/7 ポール・マッカートニー エジプト・ステーション 2SHM-CD+2LP
9/7 ポール・マッカートニー エジプト・ステーション SHM-CD
9/7 ポール・マッカートニー エジプト・ステーション CD Target
9/7 ポール・マッカートニー エジプト・ステーション CD HMV
9/7 デニー・サイウェル・トリオ Boomerang
9/28 フィル・コリンズ プレイズ・ウェル・ウィズ・アザーズ (ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン参加)
10/9 ジョン・レノン Imagine (拡張盤)
10/19 オノ・ヨーコ Warzone
11月? ビートルズ ホワイト・アルバム (50周年盤)
年内? オノ・ヨーコ ストーリー , シーズン・オブ・グラス , イッツ・オールライト , スターピース , 未完成作品第3番 ウェディング・アルバム

映画
8/25 14:00 オール・マッカートニー ~ポール・ザ・ベスト!~ Vol.6 嗚呼!ブロード・ストリート
9/17 イマジン 海外
11月 エリック・クラプトン ~12小節の人生~ (ビートルズ、ジョージ・ハリスン出演)
秋 ビートルズ The Beatles in India
年内 ポール・マッカートニー High In The Clouds
年内 A Life In The Day
2019/1 MY GENERATION (ビートルズ、ポール・マッカートニー出演)
2019年 ポール・マッカートニー Paul McCartney Live At The Cavern 2018

LIVE
9/1~29 リンゴ・スター 米国
9/17 ポール・マッカートニー カナダ ケベック・シティ the Videotron Centre
9/20 ポール・マッカートニー カナダ モントリオール Bell Centre
9/28 ポール・マッカートニー カナダ ウィニペグ Bell MTS Place
9/30 ポール・マッカートニー カナダ エドモントン Rogers Place
10/5 ポール・マッカートニー Austin City Limits Music Festival 米国
10/12 ポール・マッカートニー Austin City Limits Music Festival 米国
10/31 ポール・マッカートニー 日本 東京 東京ドーム
11/1 ポール・マッカートニー 日本 東京 東京ドーム
11/8 ポール・マッカートニー 日本 愛知 ナゴヤドーム
12/3 ポール・マッカートニー ポーランド クラクフ Tauron Arena
12/5 ポール・マッカートニー オーストリア ウィーン Stadthalle
12/6 ポール・マッカートニー オーストリア ウィーン Stadthalle
12/12 ポール・マッカートニー 英国 リバプール Echo Arena
12/14 ポール・マッカートニー 英国 グラスゴー SSE Hydro
12/16 ポール・マッカートニー 英国 ロンドン The O2

アナログ盤
9/7 ポール・マッカートニー エジプト・ステーション (デラックス盤) 2LP
9/7 ポール・マッカートニー エジプト・ステーション (カラー盤) LP
9/7 ポール・マッカートニー エジプト・ステーション (黒盤) LP
10/9 ジョン・レノン Imagine (拡張盤)
10/19 オノ・ヨーコ Warzone
11月? ビートルズ ホワイト・アルバム (50周年盤)
年内? オノ・ヨーコ ストーリー , シーズン・オブ・グラス , イッツ・オールライト , スターピース , 未完成作品第3番 ウェディング・アルバム

デジタル配信
9/7 ポール・マッカートニー エジプト・ステーション

エジプト・ステーション

エジプト・ステーション / ポール・マッカートニー 9月7日世界同時発売

日本盤 2SHM-CD+2LP デラックス・エディション
日本盤 SHM-CD 通常盤
輸入盤 2CD+2LP デラックス・エディション
輸入盤 CD 通常盤
米国盤 CD Target Exclusive
英国盤 CD HMV Exclusive

輸入盤 2LP デラックス・カラー、UNIVERSAL MUSIC STORE 限定盤
直輸入盤仕様 2LP デラックス・カラー、UNIVERSAL MUSIC STORE 限定盤
輸入盤 2LP デラックス 黒盤
輸入盤 LP 黒盤


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ポール・マッカートニー&ウイングス
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情報などを毎日掲載しています。 

wingsfan@wingsfan.net


特集 お宝発見! ビートルズ未公開写真
ビートルズ日本公演 - 阿部克自

今から52年前の1966年6月29日、世界を席巻していたザ・ビートルズが日本にやってきた。滞在わずか5日間、日本中をにぎわせた彼らの来日公演は、時代を象徴する出来事として人々の記憶に刻まれている。この“旋風”の最中、一人の写真家が、冷静なまなざしで彼らの様子を記録していた。このとき撮影され、そのまま封印されていた60点もの写真が、ことし偶然見つかった。そのほとんどすべてが未公開というから驚きだ。これらの写真に何が写っていたのか? そして半世紀もの間、お蔵入りしていた理由は? 専門家が「歴史的発見」とうなる写真が物語る、ビートルズ来日の真相とは。

“お宝”ごっそり60点
ビートルズ日本公演 - 阿部克自

世界ツアー中だったビートルズは、昭和41年、1966年6月29日に初めて来日。日本武道館で計5回の公演を行った。見つかった写真はモノクロ56点、カラー4点の合わせて60点。羽田空港では、タラップを降りた4人が迎えの車に乗り込むまでを連続撮影していて、映像をコマ送りで見ているようだ。

ビートルズ日本公演 - 阿部克自

又。公演では、当時流行したサングラスをかけてギターを手に歌うジョン・レノンをはじめ、マイクに向かってコーラスを加えるポール・マッカートニーとジョージ・ハリスン、それに一段高いステージでドラムをたたくリンゴ・スターが、大観衆に囲まれて演奏する様子をさまざまなカットで捉えている。

ビートルズ日本公演 - 阿部克自

ビートルズ日本公演 - 阿部克自

専門家は、1点を除くすべてが未公開の可能性が高いと分析。ビートルズの未公開写真は海外では高値で取り引きされるケースもあり、正真正銘の“お宝”だ。

熱狂と喧噪の武道館公演
ビートルズの来日公演は、新聞や雑誌が特集を組むなどして人気を後押しし、若い世代を中心に多くのファンを生んだ。公演が近づくにつれ熱気はピークに達したが、「長髪にエレキ」というスタイルになじみが薄かった年配の世代は彼らを不良とみなし、さらに、日本武道館をロックコンサートの会場として使った例がなかったこともあって、保守的な立場の人たちは公演中止を求める声をあげていた。熱狂と喧噪が渦巻く中、合わせて5万人が公演を楽しんだとされている。ビートルズは日本公演のわずか2か月後にコンサート活動をやめてスタジオワークを中心とした楽曲作りに専念し、数々の名曲を世に送り出していく。

著名なジャズ写真家が撮影
写真を撮影したのは、1950年代からジャズミュージシャンのレコードジャケットやポートレートの撮影を続けた写真家、阿部克自さん。

ビートルズ日本公演 - 阿部克自

戦後、進駐軍が持ち込んだジャズの文化に親しみ、独学で身につけた写真の腕を生かして、ピアニストのデューク・エリントンやサックス奏者のジョン・コルトレーンなど、モダンジャズの巨匠と呼ばれるアーティストの撮影を手がけ、世界で活躍した。2005年にはジャズ写真家の最高の栄誉とされている「ミルト・ヒントン・アワード」を日本人として初めて受賞。2008年に78歳で亡くなった。

まさか親父が...
写真は偶然、見つかった。阿部さんの仕事場だった自宅の暗室で、長男の昇さんが遺品の整理をしていた時のこと。無造作に山積みされた封筒の中から、羽田空港に到着したビートルズを写した1枚の写真が出てきた。かろうじてメンバーが写っているとわかる数センチ四方のフィルムもある。「親父からはビートルズを撮影したなんて聞いたことがなかった」という昇さん。当初、ほかの写真家が撮影したものが紛れ込んでいるだけだと思ったという。

ビートルズ日本公演 - 阿部克自

しかし、フィルムを収めていた包み紙には、見覚えのある父の筆跡で「The Beatles 羽田到着 '66」、「The Beatles 武道館 JULY2 '66」と記されている。昇さんは音楽出版社を通して専門家に鑑定を依頼。阿部さんの撮影による未公開写真とわかった。

気に入らずに封印?
「父は好きなものしか撮影しない性格で、ジャズしか撮ってこなかったと思っていたので驚きました」

ビートルズ日本公演 - 阿部克自

自身もビートルズのファンだという昇さんにとって、衝撃の事実だった。世間が大騒ぎしていたビートルズの来日公演に立ち会ったにもかかわらず、写真を封印したのはなぜか。昇さんは、亡き父をしのんで次のように語る。「当時はビートルズの人気でジャズがロックに押されていたため、不本意だったのかもしれません。誰かに依頼されてしかたなく撮りに行き、必要なもの以外は封印したんだと思います」。ビートルズの来日時の動向に詳しく、写真を鑑定した大村亨さんは、封印された経緯は時代の空気を表していると指摘する。「女の子や若者のアイドル的な存在だったビートルズを冷ややかな目で見ている人たちも少なくなかった。プロ意識の強かった阿部さんにとってはそれほど魅力的ではなかったのかもしれません」。

ビートルズ日本公演 - 阿部克自

新資料出ること自体が奇跡
見つかった60点の写真のうち、大村さんが特に注目しているのが、7月2日夜に行われた最終公演を記録した37点だ。最終公演は、鑑賞した音楽評論家やファンの間で、当時の公演の中で演奏の完成度が最も高かったと伝えられているものの、音源はなく、写真も数点しかないとされてきた。ビートルズの動向は、熱心なファンの間でいまだに研究が続けられていて、大村さんは「出尽くしたと思われていたビートルズの資料が新たに出てくること自体が奇跡。資料としての価値も高く、歴史的な発見です」と話す。初回公演は多くの写真と映像の記録があり、2回目はテレビ放送もされている。ファンや評論家が絶賛しているにもかかわらず、最終公演の記録がほとんどない理由について、大村さんは、回を重ねるにつれてニュースバリューが下がり、最後はほとんどメディアが集まらなかったためと推測している。

「ブドーカン」再評価も
最終公演の写真からは、4人のメンバーのリラックスした様子が伝わってくる。ジョン・レノンとポール・マッカートニーが顔を見合わせてほほえむ1枚は特に印象的だ。

ビートルズ日本公演 - 阿部克自

また、前列に座っているファンの影が画面いっぱいに映り込んだものもあり、1万人近くが熱狂したコンサートの雰囲気を生々しく伝えている。

ビートルズ日本公演 - 阿部克自

ビートルズの来日公演は、機材トラブルなどで散漫になった初回の印象が定着してしまい、演奏の評価は必ずしも高いとは言えなかった。しかし、大村さんは、今回の発見が再評価につながると期待している。「最終公演の写真に記録されていたメンバーの表情は実に穏やかで、演奏を楽しんでいるように見えます。最後の演奏は出来がよく、お客さんは熱狂し、ビートルズも気持ちよく演奏して日本を去ることができたと想像すると、ファンとして、日本人としてうれしいです」。

ビートルズ日本公演 - 阿部克自

52年ぶりに封印を解かれた今回の写真はまるで玉手箱で、ビートルズファン歴20年以上になる筆者も、撮影者の阿部克自さんがくれたプレゼントのように感じている。

ビートルズ日本公演 - 阿部克自

来日公演に思いをはせてきたファンに、どんな楽しみをもたらしてくれるのか。写真をめぐる研究の進展に期待したい。

Thanks! NHK and more

6月23日の読売新聞
読売新聞 朝刊 東京本社版 2018年6月23日

今朝の読売新聞(2018年6月23日朝刊・東京本社版)にビートルズに関する記事が載っています。今ならコンビニ、駅売店で買えます。

Thanks! tetrathecat さん、Joeさん

ジャズ専門の著名写真家が来日時のビートルズを写真撮影保管
ビートルズ

1960年代に世界中を熱狂させたビートルズが昭和41年(1966年)に公演のために来日した際に撮影された、60点に上る写真が新たに見つかりました。このうち37点は記録がほとんどないとされてきた最終日の公演を写したもので、鑑定した専門家は「資料的な価値が高く、新たな発見がないか研究のしがいがある」としています。写真は1950年代から海外のジャズ・ミュージシャンのレコード・ジャケットやポートレートを撮り続けた写真家で、10年前に亡くなった阿部克自さんの自宅の暗室で見つかりました。阿部さんは、戦後、進駐軍が持ち込んだジャズの文化に親しみ、独学で学んだ写真の腕を生かして、ピアニストのデューク・エリントンやサックス奏者のジョン・コルトレーンなど、モダンジャズの巨匠と呼ばれるアーティストの撮影を手がけ、世界的に活躍しました。2005年(平成17年)にはジャズ写真家に送られる最高の栄誉とされている「ミルト・ヒントン・アワード」を日本人として初めて受賞しています。平成20年に78歳で亡くなられた後、今年の春、長男の昇さんが阿部さんの仕事場だった自宅の暗室で遺品の整理をしていた際にビートルズの写真に気づいたということです。昇さんによりますと、無造作に重ねられた封筒の束の中から、羽田空港に到着した直後の4人を写した3枚の写真と、かろうじてメンバーが写っているとわかる、数センチ四方のフィルム十数点が出てきました。フィルムを収めていた包み紙には「The Beatles 羽田到着 '66」「The Beatles 武道館 JULY 2 '66」という阿部さんの手書きのメモが記されていたということです。阿部さんがビートルズを撮影していたことについて、昇さんは一度も話を聞いたことがなかったということで、「父は好きなものしか撮影しない性格で、ジャズしか撮っていないと思っていたので驚きました。当時はビートルズの人気でジャズがロックに押されていたため、不本意だったのかもしれません。依頼されてしかたなく撮りに行き、封印したんだと思います」と話しています。写真やフィルムを音楽出版社と専門家が調べたところ、写真は1点を除いて全て未公開で、ビートルズの4人が6月29日に羽田空港に到着してホテルへ向かう場面や日本武道館での公演の様子などが写されています。中でも、音源がなく、記録した写真も数点しかないとされてきた7月2日夜の最終公演が37点と半数以上を占め、大観衆に囲まれて演奏する4人の姿が様々なカットで撮影されていました。ビートルズの来日時の動向に詳しく、写真の鑑定にあたった大村亨さんは「もう出尽くしたと思われていたビートルズの資料が大量に出てきたこと自体、資料的な価値がものすごく高い。お客さんの熱狂や4人が気持ちよく演奏していることが伝わり、新たな発見がないか研究のしがいがある」としています。

ビートルズ

ビートルズの4人は昭和41年6月29日に羽田空港に到着、6月30日に1回、7月1日と2日にそれぞれ2回の合わせて5回、日本武道館で公演を行いました。公演には、合わせておよそ5万人が訪れ、全国的に熱狂的なファンを生んだほか、音楽やファッションが若者を中心に大きな影響を与えました。今回見つかった写真は、この時に写されたモノクロ56点、カラー4点で、このうちの37点は2日夜の最終公演の様子が写されていました。最終公演は、鑑賞した音楽評論家やファンの間で、当時の公演の中で演奏の完成度が最も高かったと伝えられていますが、音源はなく、写真も数点しかないとされてきました。今回の写真は、当時流行したサングラスをかけギターを抱えて歌うジョン・レノンをはじめ、マイクに向かってコーラスを加えるポール・マッカートニーとジョージ・ハリソン、それに一段高いステージでドラムを刻むリンゴ・スターがスポットライトを浴びながら演奏する様子を複数のレンズを巧みに使い分けながらはっきりととらえています。カメラの前に座っているファンの影が画面いっぱいに映り込んでいるものもあり、1万人近くが熱狂した伝説のコンサートの雰囲気を生々しく伝えています。又、羽田空港に到着した4人が、揃いの法被を着てタラップを降りる場面を写したモノクロの写真は、その後、メディアに配信され、現在もビートルズの来日を象徴する1枚となっていますが、今回の発見によって、阿部さんが撮影したことがわかりました。

ビートルズ

Thanks! NHK

TV NHKニュース7 ビートルズお宝写真 6月15日放送
15日夜放送のニュース番組 NHKニュース7 で、ビートルズのお宝写真が取り上げられます。

NHKニュース7

NHKニュース7 6月16日 19:00~19:30 NHK総合
台風6号最新の進路は
ビートルズお宝写真

出演者 井上あさひ、井上裕貴、國本未華

Thanks! NHK

歴史的発掘! 写真家 阿部克自の暗室からビートルズ来日時未公開写真発見!
6月29日は、52年前にビートルズが日本にやって来た来日記念日。その直前に驚くべきニュースが入ってきました。ビートルズの来日時に撮影された写真60点(内カラーが2点)が都内某所で当時の状態のまま発見された。その内、空港到着時の写真1点以外は未公開のもので、特に日本での最終公演となった7月2日、夜の部のステージ写真は、他の公演日と比較すると撮影記録が極端に少なく大変貴重なもの。発見したのは阿部昇さん。同氏は世界的に活躍したジャズ写真家 K.Abe の愛称で知られる阿部克自のご子息。2008年に阿部克自が亡くなってから、同氏が生前使用していた暗室を整理していた。その作業中の今年4月に何も書かれていない一つの封筒を開けたところ、この歴史的発掘になるであろう未公開写真を偶然発見した。半世紀以上が経って、突然発見されたビートルズと世界的ジャズ写真家:阿部克自との奇跡の出会いを鮮明に記録、撮影された写真群。この大きな歴史的な意味を持つビートルズの未公開写真は6月18日に発売される MUSIC LIFE ザ・ビートルズ日本公演1966 特別版 の付録の写真集で公開される。

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MUSIC LIFE ザ・ビートルズ日本公演1966 特別版 6月18日発売
今年の「ビートルズ・ジャパン・ウイーク」(6月下旬~7月上旬)に併せて、「ビートルズ来日50周年」の2016年6月に刊行し大好評を博したムック「MUSIC LIFE ザ・ビートルズ日本公演1966」をアンコール・プレスします。今回は特別に、最近発見されたK.Abe(カメラマンの阿部克自)撮影によるビートルズ来日公演時の未発表写真を使った「小冊子」を付録として添付します。ビートルズ・ファンのみなさん、お買い逃しのないように!

ザ・ビートルズ日本滞在103時間ドキュメント
6月29日 羽田到着 ~ 記者会見 ~ ヒルトンホテル
6月30日 武道館 ~ 舞台裏 ~ 演奏曲と1回目の公演の特徴
7月1日 ポール、皇居前を散策 ~ 2回目/3回目の公演の特徴 ~ ホテルへ
7月2日 『ミュージック・ライフ』編集長がスイートルームへ ~ 4回目/5回目の公演の特徴
日本公演を記録する歴史資料たち
7月3日 離陸、サヨナラ、ニッポン
50年後に知る ザ・ビートルズ日本公演
50年後に知る日本公演
[証言] 「役に立つよ」と言われてヘンだけどすごい連中と会った (加山雄三)
[証言] 1966年の日本で巡り合った4人とその仲間たち (星加ルミ子)
[検証] ビートルズ来日記者会見を読み解く
[検証] 日本滞在中のファッション
[証言] 歌をがんばったご褒美にビートルズの舞台へ (尾藤イサオ)
[証言] リンゴのドラムにどうしても触りたくて、ローディーの目を盗んで叩いちゃった (ジャッキー吉川)
[検証] 日本公演での前座演奏
[検証] 日本公演での使用楽器・機材
[証言] 圧倒的だったビートルズのインパクトに導かれた僕の音楽制作への道 (ミッキー吉野)
[証言] 周囲の理解と応援で3日間通った武道館 (横倉絹枝)
[検証] 日本公演での演奏法
[検証] 日本公演関連の残された映像と音声
保存版特集
ザ・ビートルズの音楽遺産
日本盤の世界
コラム
多彩でカラフルな日本盤の世界
赤と黒と川口工場
ジョージ・マーティンの人生と作品
世界を駆け巡ったニュース
ジョージ・マーティンに寄せられたメッセージ
ジョージ・マーティンの生涯と仕事
ビートルズ関連情報

MUSIC LIFE ザ・ビートルズ日本公演1966 特別版

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ページ 192ページ
サイズ B5版
ISBN  978-4-401-64629-6
価格  1800円 (税抜)

※ 本ムックは2016年6月に発売された「MUSIC LIFE ザ・ビートルズ日本公演1966」と同内容で、小冊子がついたものです。

Thanks! MUSIC LIFE CLUB

ビートルズ来日時の日本航空・客室乗務員の制服
日本航空(JAL)客室乗務員が昭和35年8月から着用した3代目制服
日本航空(JAL)客室乗務員が昭和35年8月から着用した3代目制服。
昭和29年2月から着用した2代目のデザインを踏襲したものの、金色のボタンとW型のブラウス襟が特徴だった。

胸元の翼マークの胸章(2代目)
胸元の翼マークの胸章(2代目)。2代目から引き続き、3代目にも継承された。

2代目の帽子
2代目の帽子。鳥をモチーフにした帽章が付いた。

3代目の帽子
3代目の帽子。帽子は一時期を除き2代目を使用した。ビートルズ来日時は...どっち?

昭和26年設立の日本航空(JAL)は昭和28年に国が半額出資する特殊法人として生まれ変わり、ナショナルフラッグキャリアとなった。戦後禁じられていた日本の航空会社による国際航空業務が開始され、翌29年2月2日、同社のホノルル経由サンフランシスコ行き第1便が羽田空港を飛び立った。客室乗務員の制服も戦後初の国際線運航に合わせて改定された。ブルーグレーの初代から一転、紺色を採用。襟のないジャケットには翼の胸章を付け、タイトスカートの前部にスリットを入れた。初代と比べ現代の制服に通じるデザインになったものの、いたってシンプルなスタイルだったといえる。帽子は筒型から天井のあるタイプに変更。左前部にある帽章は鳥をモチーフにしており、昭和34年に誕生する「鶴丸」マークを感じさせる。昭和35年8月にはジェット旅客機DC8「富士号」を初導入し、制服を3代目に変更。スマートなシルエットの同型機は「空の貴婦人」と呼ばれ、昭和41年に来日したビートルズが搭乗したことでも知られている。3代目制服は2代目を踏襲したデザインだったが、ジャケットのボタンをJALのロゴが入った金色に変更、ブラウスの襟を大きなW型にするなどして華やかな印象になった。2、3代目のデザインは共に、日本ファッション界の草創期に活躍したデザイナー、伊東茂平が担当した。

日本航空
設 立 昭和26年8月
本 社 東京都品川区
代表者 植木義晴・代表取締役社長
社員数 単体1万1449人、連結3万2753人(平成29年3月31日現在)
拠点空港 東京(羽田、成田)、大阪、新千歳、関西、福岡、沖縄、海外など
路線数 181路線(自主運航のみ)
保有機 226機

Thanks! 産経新聞

警視庁撮影のビートルズ映像公開を名古屋の団体が都と係争中
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英国のロックバンド、ビートルズが1966(昭和41)年に来日公演した際、警視庁が撮影した記録映像の全面公開を巡って、名古屋市の市民オンブズマンが東京都と争っている。ファンの間で「幻の映像」とされる30分強のモノクロフィルムの公開をオンブズマンが求めたのに対し、都は「(警察官やファンの顔は)個人情報に当たる」として拒否。オンブズマンは昨年末の東京地裁判決でも敗訴したため、控訴に踏み切った。判決などによると、フィルムはビートルズ来日(1966年6月29日~7月3日)を35分30秒に編集したもの。警視庁は警備のため数千人の警察官を動員したとされ、メンバー4人が降り立った羽田空港や公演先の日本武道館、宿泊先周辺の車両検問やパトロール、観客の状況などを収めた。4人の到着や演奏、移動、搭乗の様子も含まれている。半世紀近く「幻の映像」と言われていたが、2014年にフィルムが警視庁に保管されていることが報道で明らかになった。オンブズマンらでつくる名古屋市中区の情報公開市民センター(理事長・新海聡弁護士)は2014年と2015年の2回、映像の全面公開を都に求めた。都は「(映像には警察官やファンの)顔が記録され、特定の個人を識別することができる」として認めなかった。センターは2017年1月に非公開決定の取り消しを求め、東京地裁に提訴。地裁は都の主張を支持し、昨年12月20日付で訴えを退けた。直ちに東京高裁に控訴したセンターの新海弁護士は「来日時の映像は広く報道や商品化され、歴史の研究対象でもある。50年前に撮影された映像で特定の個人を識別することは困難。何でも個人情報とする風潮も疑問だ」と話す。新海弁護士によると、提訴前、都はオンブズマン側が70万~80万円の実費を払うことで観客らの顔にモザイク処理を施して映像を公開する手法も提案したという。だが、都は本紙の取材に対し、現有の機器でモザイク処理は難しいとして、一切公開しない考えを示した。ビートルズ来日に詳しい音楽評論家宮永正隆は「記録映像が持つ文化資料的価値は計り知れない。コンサート映像で観客の顔にモザイク処理を施したものは見たことがない。公開したとしても「写っている一般人が不利益を被る可能性」はなきに等しい。ミュージシャンやファンの意向とは別の「上から目線」または「事なかれ主義」が今も厳然と存在している図式だ。ビートルズ来日時に「席を立つと警察官に座らされた」「英国国旗を掲げただけで警察官が飛んできて破った」という他国では考えられない締め付けがあった当時と何ら変わっていないと感じる」と語っている。

Thanks! 中日新聞

【秘録 今明かす「あの時」】 最後の笑顔をカメラに ビートルズ、日本公演後“笑えぬ”不運

★ ビートルズ撮ったど!! (下)
ビートルズは1966年7月2日、日本武道館で行った3日間のコンサートの最終公演を迎える。初日は歌っている最中にマイクが何度も横を向いてしまうハプニングにも見舞われたが、日本中の興奮に水を差すことはなかった。「正直、何月何日に撮ったものなのか、覚えてないんですよ」。講談社の女性週刊誌ヤングレディ編集部のカメラマン3年目だった佐々木惠子はジョン・レノンに続き、再びポール・マッカートニーとジョージ・ハリスンのスクープ写真をものにする。彼女の記憶にはないが、2日の公演を終えて宿泊先の東京ヒルトンホテル(現ザ・キャピトルホテル 東急)に戻ってきたところとみられる。ポールはタオルを首に巻き、満足そうな笑顔を浮かべ、ジョージは奥にいるスタッフに何やら視線を送っている。佐々木はホテル駐車場に止まった車に飛び出していき、正面からシャッターを切ったとみられ、大胆なカットとなった。成功裏に終わった日本公演だが、メンバーにはその後、不運が連続する。翌3日、メンバーは離日して次の公演先のフィリピンへ向かった。4人はマルコス大統領夫人、イメルダから食事会に招かれていたが出席がかなわず、現地メディアに「大統領を侮辱した」などと報じられる。比国民は激怒し、ほうほうの体で出国する。次の米国ツアーでは、ジョンが雑誌のインタビューで語った「僕たちはいま、キリストよりも人気がある」との発言が、今で言う“大炎上”してしまう。信仰の厚いメンフィスでは暗殺の恐怖におびえた。この年を最後に、ビートルズはコンサート活動を停止した。佐々木は結果的に、ライブアーティストとして明るい表情を浮かべていた“最後のビートルズ”を記録したことになる。来日から50周年を迎えた昨年、写真は東京・渋谷で開かれた展示会で久しぶりに公開され、多くの観客で賑わった。「「武道館で見たんですよ」という女性が、当時のチケットを大事そうに手にしてやってきたりね」。一方で、こうした写真があることを知った何者かが「あの作品は私が権利を買い取った」などと吹聴しているとも耳にした。「半世紀たって、良くも悪くも4人の偉大さを知りました」と苦笑いする。「駆け出しのころの良い思い出です。今では私もビートルズの一ファンです」。75歳になるポールが現役でステージに上がるのと同じく、女性カメラマンの先駆者はいまも愛機を手に被写体に向きあっている。

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【秘録 今明かす「あの時」】 リンゴ・スターの前にファンが! 厳戒警備の思わぬ盲点
ビートルズを叩き出せ!

★ ビートルズ撮ったど!! (中)
伝説のロックバンド、ビートルズは人気絶頂だった1966年、ただ1度だけ来日し、東京都千代田区の日本武道館で公演を行った。公演は6月30日、7月1、2の両日の計3回。司会はE・H・エリック、前座は内田裕也やジャッキー吉川とブルーコメッツらが務め、なぜかコミック・バンドのザ・ドリフターズも“同格”で舞台に立っている。海外のロックミュージシャンとして初めて「武道の聖地」、日本武道館でコンサートを行うビートルズに対し、国内の風当たりは強まっていた。「風紀が乱れる」「染まると不良になる」といった否定的な声も多く、大日本愛国党の赤尾敏総裁は東京・銀座に止めた街宣車の上から「BEATLES GO HOME(ビートルズは帰れ)」の旗を掲げ、演説を打った。警視庁は武道館に詰めかけた1万人の観客に対し、3000人の警察官を動員した。ビートルズのメンバーにも外出禁止令が出る厳戒態勢の中、講談社の女性週刊誌ヤングレディ編集部のカメラマン3年生の佐々木惠子は宿泊先の東京ヒルトンホテル(現ザ・キャピトルホテル 東急)に何ら苦労することなく潜入することに成功。地下駐車場でジョン・レノンを激写し、大スクープをものにする。「来日するということで騒ぎになっていたのは事実ですけど、4人の顔をよく知らなかったんですよ」。今ではにわかに信じがたいが、これに信憑(しんぴょう)性を与えるエピソードが残されている。メンバー4人は日本滞在中、ホテルに缶詰にされるはずだった。だが、ジョンは滞在中、ホテルをこっそり抜けだし、東京・表参道のみやげ物店、オリエンタルバザーで買い物を楽しんでいた。なぜそんなことが可能だったのか。実は、ジョンは同行する人物が持っていた通行証を警察官に見せ、秘密裏に部屋を抜け出していたのだ。事実であれば、警備にあたる警察官もまたビートルズのメンバーの顔を認識していなかったことになる。警視庁は来日前に連日、ビートルズ対策会議を開いて警備計画を練った。結果、懸念された会場での事故は防げたものの、意外なところが“ザル”だったようだ。ホテルから武道館に向かうリンゴ・スターを捉えた1枚には、ファンとみられる女性が手を伸ばす様子が写っている。こうした状況に加え、佐々木自身のキャラクターも取材活動に有利に働いていた。仕事中にスカートをはくこともないし、当時から髪は短かった。別の潜入現場では外国人から逆に「ヘイ、ボーイ」と声をかけられたこともあった。「良くも悪くも仕事でカメラマンをやっているように見えなかったんでしょうね」。

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【秘録 今明かす「あの時」】 22歳女性カメラマン世紀のスクープ裏側
佐々木惠子

★ ビートルズ撮ったど!! (上)
羽田空港に1966年6月29日午前3時39分、日本航空のダグラスDC-8「松島」が静かに舞い降りた。ドアが開けられ、姿を現したのは4人の若者たち。ビートルズ。マッシュルームカットに、はっぴ姿は少し違和感が漂うが、7月3日の離日まで日本中を熱狂させる。そして、そんな彼らの素顔をスクープしたのは、22歳の女性カメラマンだった。佐々木惠子(74)は写真学校在学中の19歳のときに講談社が発行していた女性週刊誌ヤングレディ編集部と契約、プロカメラマンとしてスタートを切っていた。ビートルズが来日したのは東京五輪から2年後のことだった。4人は東京・永田町の東京ヒルトンホテル(現ザ・キャピトルホテル 東急)に宿泊していた。ホテル周辺や公演が行われた日本武道館、沿道では警視庁が空前の警備体制を敷いていた。5日間で警察官延べ約3万5000人が動員されたとされる。そんな鋭い視線をかいくぐり、英国車「オースチン・ヒーレー・スプライト」をヒルトンホテルの地下駐車場に密かに滑り込ませ、撮影の機会を狙っていた。「上から何か指示を受けた記憶はないんです。自分なりに撮りに行っていたんでしょうね」。警察庁の統計によると、日本で運転免許を保有していたのは2285万人余りで、現在の3分の1にも満たなかった時代のことだ。ホテル館内は外部以上に厳戒態勢が取られていた、はずだった。「(警備は)けっこうゆるかったと思いますよ。それに、私もまだ22歳の女でしたからね、向こうの人たちもカメラマンだとは思わなかったのかもしれません」。こうして幸先よく取材は始まったが、問題がなかったわけではない。実は、メンバーの顔をはっきりと知らなかったというのだ。「私、ジャズは大好きだったけど、ロックは詳しくなかったんですよ。それに今でこそビートルズって神格化されているけど、当時の感覚ではそこまで一般的に知れ渡ってはなかったと思うんです。きっと(週刊誌の)デスクも分かってなかったんじゃないかしら」。それらしいのがいたら撮っておこう...この大胆さがよかったのか、チャンスは7月1日にやってくる。日中、ふらりと地下駐車場に現れた外国人に気付きカメラを構えた。手に何やら包みを持ち、キャスケット帽にサングラス姿でこちらに向かってほほえんでいる。夢中でシャッターを切った。8日が命日の若き日のジョン・レノンだった。あれから半世紀がたつが、今でも光文社の写真週刊誌FLASHのカメラマンとして現場に立つ。「(1964年開催の)東京オリンピックは、まだ選手村が男女別々だったんですよ。男性ばかりじゃ、女性の選手村を取材できないということで、いろんな媒体が女性カメラマンを採用し始めたんです」。スクープは、日本で「女性カメラマン」という職業が生まれた時代の産物だったのだ。

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2018年
■ Warm Up Secret Gig
6/9 英国 リバプール Philharmonic Dining Rooms
7/23 英国 ロンドン Abbey Road Studios
7/25 英国 リバプール LIPA
7/26 英国 リバプール Cavern Club
■ Freshen Up Tour
9/17 カナダ ケベック・シティ the Videotron Centre
9/20 カナダ モントリオール Bell Centre
9/28 カナダ ウィニペグ Bell MTS Place
9/30 カナダ エドモントン Rogers Place
10/5 米国 Austin City Limits Music Festival
10/12 米国 Austin City Limits Music Festival
10/31 日本 東京 東京ドーム
11/1 日本 東京 東京ドーム
11/8 日本 愛知 ナゴヤドーム
12/3 ポーランド クラクフ Tauron Arena
12/5 オーストリア ウィーン Stadthalle
12/6 オーストリア ウィーン Stadthalle
12/12 英国 リバプール Echo Arena
12/14 英国 グラスゴー SSE Hydro
12/16 英国 ロンドン The O2