つれづれなるままにWINGSFAN
Tribute Vlog for Paul McCartney & Wings
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LIVE
7/19 ポール・マッカートニー 米国 ウィチタ INTRUST Bank Arena
7/21 ポール・マッカートニー 米国 デモイン Wells Fargo Arena
7/23 ポール・マッカートニー 米国 オマハ CenturyLink Center
7/25 ポール・マッカートニー 米国 ティンリーパーク Hollywood Casino Amphitheatre
7/26 ポール・マッカートニー 米国 ティンリーパーク Hollywood Casino Amphitheatre
9/11~10/2 ポール・マッカートニー 米国
10/13~20 ポール・マッカートニー ブラジル
10/24 ポール・マッカートニー コロンビア
10/28 ポール・マッカートニー メキシコ
12/2~11 ポール・マッカートニー オーストラリア
12/16 ポール・マッカートニー ニュージーランド

イベント
7/20~8/6 10:00~21:00 ボブ・グルーエンと100人のロックレジェンド展 cor porate with FUJI ROCK FESTIVAL
8/20 19:00 サージェント・ペパーズ発売50周年記念トーク・イベント (6) メンバーを取り巻く世界
9/17まで ジュリアン・レノン写真展 Cycle 東京
9/17まで ジュリアン・レノン写真展 Cycle –Life Cycle– 東京
9/17まで ジュリアン・レノン写真展 Cycle –River Life– 京都

TV , ラジオ
7/21 13:00~15:05 あの頃ペニー・レインと NHK BSプレミアム
7/21 21:00~23:00 ザ・ビートルズ ~ EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years WOWOWシネマ
7/21 24:15~25:45 ハード・デイズ・ナイト NHK BSプレミアム
7/23 24:00~25:00 ポール・マッカートニー・トリビュート : MusiCares MTV JAPAN
7/31 14:30~16:30 ザ・ビートルズ ~ EIGHT DAYS A WEEK - The Touring Years WOWOWシネマ

CD
7/26 ヨーコ・オノ フライ
7/26 ヨーコ・オノ 無限の大宇宙
7/26 ヨーコ・オノ 空間の感触
9/15 リンゴ・スター ギヴ・モア・ラヴ
後半? ヨーコ・オノ ストーリー , シーズン・オブ・グラス , イッツ・オールライト , スターピース , 未完成作品第3番 ウェディング・アルバム
後半? ポール・マッカートニー 全カタログ再発
年内? リンゴ・スター ニューアルバム (ポール・マッカートニー参加)

BD , DVD
8/4 It Was Fifty Years Ago Today! The Beatles: Sgt. Pepper Beyond
8/23 サウンドブレイキング / ジョージ・マーティン 他
10/3 パイレーツ・オブ・カリビアン/最後の海賊 海外盤

アナログ盤
8/9 ヨーコ・オノ フライ
8/9 ヨーコ・オノ 無限の大宇宙
8/9 ヨーコ・オノ 空間の感触
9/22 リンゴ・スター Give More Love
後半? ヨーコ・オノ ストーリー , シーズン・オブ・グラス , イッツ・オールライト , スターピース , 未完成作品第3番 ウェディング・アルバム
後半? ポール・マッカートニー 全カタログ再発
年内? リンゴ・スター ニューアルバム (ポール・マッカートニー参加)

グッズ , ゲーム
8/18 ビートルズ ジャケットコースターセット

本 , 雑誌 , ムック
9/8 ビートルズはどこから来たのか 大西洋を軸に考える20世紀ロック文化史
9/21 絵本「Imagine」(仮)

映画
年内? ポール・マッカートニー High In The Clouds
年内? A Life In The Day


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レポート 「ビートルズと日本」ブラウン管の記録 刊行記念 大村亨×藤本国彦 トークショー
2日、「ビートルズと日本」ブラウン管の記録 の刊行記念トークショーが著者の大村亨さんとビートルズ愛好家の藤本国彦さんにより、紀伊國屋書店新宿本店にて開催されました。

「ビートルズと日本」ブラウン管の記録 刊行記念 大村亨×藤本国彦 トークショー

-- 本書は、日本の新聞や雑誌等で当時ビートルズがどう報じられていたかということを圧倒的なデータ量でまとめあげた「「ビートルズと日本」熱狂の記録」の第2弾として、日本で放映されたビートルズ関連のテレビ番組を網羅した作品です。藤本さんは最初お読みになっていかがでしたか?

藤本 : よくポールの来日に間に合わせたなと(笑) 前書きで大村さんが書いてらしたように、前回の本が総論なら今回は各論ということで、より掘り下げたものになってると感じました。国会図書館などで新聞や雑誌などの活字メディアの情報は手に入るんですけど、日本では映像系の素材はなかなか手に入りづらいので大変だったと思うんです。「63年の1月から70年の12月まで調べた」と本書には書いてありますが、実際は64年からの記載になっている。最初誤植かな?と思ったんです。でも、よくよく見ると「63年は記録が残ってないので載ってない」とのこと。それを見て初めて63年を全部調べた上で情報が無かったということに気づく。目に入るものが全てじゃないというその労力が本当にスゴいと思いました。

大村 : 僕は結構いいかげんな人間なんですけど、細かい所に一旦ハマると止まらなくなるんです。ですから、この本は本文の分量も多いんですけど、註もかなり多くなっています。それを対比する形でページを編集するのは大変だったと思います。前回の本の時、註は後ろにまとめて載せれば良いと思っていたんですが、編集の方から本文と対比するスタイルでなければ絶対にダメだと拘っていただいて。今回も前作同様、編集やデザイナーの方は本当にものスゴいご苦労をされたと思います。

-- 大変でした(笑) では本書の内容についてですが、60年代という現存する映像資料が少ない中で一番苦労されたのはどういう所ですか?

大村 : ネットが使えないという点です。前回もそうでしたが、この本にはネットが使えないんですよ。僕は基本的にネットが嫌いだし信用していないのであまり使わないんですが、僕の本の執筆に当たってはそもそもネットを使おうとしても情報がほとんど引っかかってこない。とにかく簡単に調べる術がないというのがきつくて、例えれば宝探しみたいなものです。日本のビートルズ史には体系化されたものが少ないので、「宝は日本のどこかにあるよ」って言われているような感覚でした。ネットが使えたり先駆者の方の情報や類書があれば、例えば「関東地方にある」とか「東京都千代田区にある」などと絞り込めるのですが、それができません。ですから当時の新聞と雑誌をしらみつぶしするしかない。まず第一にそこのハードルが高かったです。そして、さっき藤本さんもおっしゃっていましたけど、活字情報は一通り調べたのですが、当初それ以外の情報はありませんでした。当時のテレビは放映したらその映像は消えてなくなってしまうものだったので、基本的に録画が残っていません。映像に関して活字以外の情報はどこにもないんです。そのような素材をどう集めるかという苦労もありました。けれども前の本がきっかけでお知り合いになれたり、藤本さんにご紹介頂いたりするなどして、当時実際に番組を見た方からお話をお伺いすることができました。その方々がテレビ画面を8ミリフィルムで撮影されたり、写真で撮られたりしていて、それらのおかげでかなり膨らませられました。これは非常に助かりました。

藤本 : 大村さんが週末に図書館に通われて、そこで得られた情報を手入力されたという絶え間ぬ努力と熱意がスゴいですね。

大村 : 細かいところには拘るので(笑)

藤本 : でも、いわゆる隅っこを突く本じゃなくて体系的に見せるというのがいいですよね。それで、実際何があって、どういう報道をされたのかという事実がたくさんあるんですけど、これに対する大村さんの註釈がいいですね。大村さんなりのツッコミ(笑)というか、ある種醒めた視線が読みどころとして面白かった。あと、当時はレコードもそうですけど伝わってくる情報が遅かったので、70年のビートルズの解散もあんまり広くは伝わってないですね。

大村 : 日本は解散っていう感覚があまりなかったと思いますね。

藤本 : そうですね。で、やっぱり魅力を感じたのは、当時放送された「エド・サリヴァン・ショー」に日本語字幕が入っていたことと、当時テレビでビートルズ日本公演がどう報道されたかっていう記録ですね。

-- 著者ご本人としての「宝探し」はいかがでした? 画期的な大発見という素材はありました?

大村 : やっぱり大村崑さんが持ってらした66年7月1日の武道館公演のオンエア版のビデオテープは超お宝ですね。ブートレグでは前座も含めて、番組の素材となったものはあるんですけど、実際に放送された番組全体をそのままの形で見たのは初めてで、あれはびっくりしました。本当に良くぞ残っていたと思います。あとはさっき藤本さんもおっしゃっていた、岩堀さんが「エド・サリヴァン・ショー」の画面を8ミリフィルムで撮ったものに映っていた独自邦題の字幕ですね。

藤本 : 私は名古屋でビートルズの講座をやっていて、岩堀さんはそこに2回目から参加してくださってるんです。ど真ん中の一番前に座って目をギラギラさせていたのを見て、只者じゃないなとは思っていたんですけど(笑) それがこの本につながっていって。

大村 : 不思議なご縁ですよね。岩堀さんには大変お世話になりました。

藤本 : 他にもありますか、宝探しは。

大村 : ビートルズをはじめ60年代後半に洋楽のプロモーション・ビデオが意外に多く流されていたこと。例えば「ヤング720」っていうTBSの番組では、朝からスライ&ファミリーストーンのフィルムが流れていたりしたのにはビックリしました。洋楽の定着というのが日本では意外と進んでいたというか、僕らの後追い世代の感覚では信じられないことが発見できたのは宝でした。

藤本 : 「スター千一夜」で流れた「ハロー・グッドバイ」とか、「ヤング720」での「ヘイ・ジュード」とかも。

大村 : 岩堀さんはこれらも全部8ミリで撮影されてるんです。しかもカラー放送はカラーで。その写真も口絵にカラーで載せたかったんですけど、著作権の問題で残念ながら載せられませんでした。

「ビートルズと日本」ブラウン管の記録 刊行記念 大村亨×藤本国彦 トークショー

ここからスクリーンを使って、大村氏曰くの「この本を作るときに使った素材とそのアウトテイク、本を作っている最中の調べものの中で出会った面白ネタ」が上映された。

・口絵写真を選ぶ時に発見した、カメラマン長谷部宏氏の6月30日、7月1日武道館公演の隠し撮りカット
・「エド・サリヴァン・ショー」の画面を撮影した写真を元に当時のファンが作った写真アルバム
・「ヤング720」で「ヘイ・ジュード」がオンエアされた画面を撮影した写真
・ビートルズの映像がテレビで流れた最初期のことを書いてある当時の女子高校生の日記
・新聞に掲載されたポール・マッカートニーのそっくりさん「和製ポール」の記事
・テレビ業界向けの雑誌「月刊日本テレビ」に載った武道館公演オンエアに関する記事
・新聞に載った「ビートルズ旋風を分析」したテレビ番組の告知と放送後の内容紹介の被り具合
・雑誌掲載のペンフレンド募集告知、レコード売ります買います交換告知

この後、場内からの質問を受けての質疑応答となった。

質問A : 第1弾と第2弾の本でたくさんのデータがあると思いますが、大村さんがこれを俯瞰してみて気づかれた傾向やパターンとかはありますか?

大村 : 典型的な例として明らかに言えるのは、メディアの報道として、ビートルズ関係の記事は66年の5月~7月初旬の間に集中しているということ。その3ヵ月間で、僕が調べた63年から70年までの全体の量の約1/3を占めているんです。それ以外は平均して記事は少なく、デビュー当初の頃もそんなに騒がれていない。僕の感覚としては64年末くらいから本格的に名前が知られてきて、65年の勲章受章でかなり社会的認知が進み、66年の来日で誰1人として知らない人はいない状況になった感じです。ただ66年の認知というのはあくまでもビートルズという名前だけであって、音楽的なところはあまり理解されていないという感じは受けています。音楽的な認知が進むのは67年から68年くらいで、それはビートルズ直接というよりも「イエスタディ」とか「ミッシェル」といった曲をジャズやイージーリスニングやフォークの方がカバーしているのを聞いて、「あ、あれが去年騒いでたビートルズの曲なのか、こんないい曲なんだ」と感じて、ビートルズが音楽的にようやく認知され始めたのかなと。これが69年70年になると「ああ、ビートルズっていたね」となっているような印象を受けています。その後70年代のハードロックだプログレだっていう時期には、恐らく日本では「ビートルズはダサい」という扱いだったと思います。それから73年にベスト物の赤盤青盤が出た頃からは当時の発売メーカーの東芝がカタログを整備したり、ビートルズ復活運動をして再評価の兆しが出てくるんですけれど、その後もパンクやニューウェーヴのブームの中で停滞する。そして80年のジョン・レノンの死が決定的要因となって神格化が始まる─というのがなんとなくですけど、ビートルズの日本史かという印象を僕は受けています。

質問B : 60年生まれの名古屋出身です。私がビートルズというのを活字で最初に見たのは中日新聞のサンデー版か何かなんですけど、大村さんのご研究ではビートルズという名前が最初に活字として日本で紹介されたのはいつなんでしょうか?

大村 : 私が調べた範囲では、ビートルズという名前が日本で最初に出たのは63年11月10日の朝日新聞夕刊ですね。イギリスでビートルズが大騒ぎになっているという記事が掲載されています。この後ちょっとしてから毎日新聞も載せていますね。ただ私は地方紙はまだ手を出せてないんですよ、全国紙とスポーツ紙は全部目を通したんですけど。週刊誌だともう少し早いのがあるんですけど、そこにはビートルズという文字は出てきていません。

ここで、毎週末に図書館に通い、新聞や週刊誌からビートルズ関連の記事をくまなくひたすら拾いだしたという、大村氏自家製の取材データベースが写し出され、細かい記述をすべて手入力されたその凄まじさに場内から驚きの声が上がった。

大村 : 63年1月1日から70年12月31日まで、記事の他にラジオ番組なども調べたんですけど、これはなかなか手に負えない─全部で3903番組かぁ。ラジオでは「イエスタディ」とか圧倒的にポールの曲が多くオンエアされています。あくまで新聞に載った分だけですけど、これを集計するとラジオでかかったビートルズ曲のベスト10みたいなものを作れるかもしれませんね。恐らく「イエスタディ」「ミッシェル」と「エリナー・リグビー」辺りが、僕の調べた期間だと三強だと思います。「レット・イット・ビー」も多くオンエアされているのですが、70年からの登場なので多分ベスト3には入らないのではと。ジョンの曲はほとんどないです。「ガール」がたまにあったりするぐらいですかね。日本人は圧倒的にポールが好きというか、日本ではビートルズというとポールの印象が強かったと思います。この資料データベースは全部手作業で拾いだしたデータで、機械でスキャンしてOCR的なもので文字を拾いだすことはしていません。それは夢に見ました(笑) で、最初は記事だけを集めようとしたんですけど、こういうバカな作業は二度とやらないと思ったので、テレビとラジオ番組に関しても調べました。それを元に今回の本ができたわけです。もちろん人間がやっている作業なので見落としはあると思うんですけど、63年から70年まではデータ化してありますので、今後何らかの形で皆さんに公開できればと思っています。最近はこのデータを元に、縮刷版を再度見直して記事のタイトルと内容の文言のチェックをしています。それと、僕と同じようなことを福岡の地方紙でやってらっしゃる方がいらして、そこには東京版では拾えないような情報があると教えてもらいました。そういうことを知ってしまったので、さぁどうしようかと思ってる最中です(笑)

藤本 : 地方は穴場ですね、大村さんが50人くらいいればいいけど(笑)

-- それではそろそろお時間なので。

大村 : 本日は長い間ありがとうございました。

藤本 : ありがとうございました。

この後、サイン会が行われました。

「ビートルズと日本」ブラウン管の記録 刊行記念 大村亨×藤本国彦 トークショー

Thanks! シンコーミュージック・エンタテイメント

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